平和憲法が極めて深刻な危機に瀕している今、憲法の平和主義を守り活かす“活憲”のために、国や地方の政治における「平和への結集」が必要だと私たちは考 えます。「(1) 平和・環境、(2) 社会的公正、(3) 選挙制度の抜本的改革」の実現を基本的な目的として共有し、市民の手により「平和共同候補や平和共同リスト」などを実現する大運動を提案します。
(1)現在の危機に対して憲法を守り活かす“活憲”のために
郵政民営化法案の可否だけを事実上の争点とした2005年「9・11」総選挙によって、小泉政権は自由民主党だけで296議席、公明党を含めた与党全体 で、衆議院の総議員の3分の2を越す大議席を獲得しました。一方野党第1党の民主党は大幅に議席を減らし、2大政党に近い状態から、かつての自社体制と似 た1と2分の1政党制となり、国会の議席状況はそれまでとは一変しました。
憲法の改定は、「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議」(第96条)することとなっており、衆議院においては、与党はこれをクリ アしたことになります。選挙で敗北した民主党は、「改憲」に積極的な前原執行部を選出しました。自由民主党は、民主党の改憲派と組めば、たとえ公明党の逡巡 や反対があったとしても、憲法改定の発議が出来るところまでのフリーハンドを得たといえます。
そして、自由民主党の「新憲法草案」が発表され、憲法改定の動きは、いよいよ現実のものとなりました。「新憲法草案」の内容は、前文の平和的生存権を削 除し、非戦を定めた9条2項を削除して「自衛軍」による海外での戦争を可能にしています。それだけではなく、国政を国民の信託とする文言を削って、国を支え 守る責務を謳い(前文)、また現憲法の人権(制限)規定における「公共の福祉」を「公益・公の秩序」に書きかえるものになっています。まさに、現行憲法の 3大原理の内の、1)平和主義を基本的に放棄し、2)主権在民や3)基本的人権にも国家主義的な修正や制限を加え、国家権力による国民支配を強化して戦前の憲法 の方向へと退行するものとなっています。
しかも、改定の発議の要件を各議員の総議員の3分の2以上から過半数に変更しているので、次には例えば自由民主党だけで憲法改定の発議を行うことが可能 になり、この憲法改定の後に、さらに悪い内容の憲法に改定することを企てていると考えられます。これは、戦後の憲政(憲法による政治)の危機といわざるを得 ません。大正デモクラシーの憲政擁護運動と同様に、市民が憲政擁護のために立ち上がらなければなりません。
現在の参議院の議席状況は衆議院とは異なるので、ただちに憲法改定の発議ができるわけではありません。しかし、この選挙結果によって、「改憲」が現実の 政治過程に入ったことは確かです。私たち、平和と社会的公正を望む市民は、この危険な状況を変えていくために、一体何をすべきなのでしょうか。
平和憲法を守ろうと主張する政党は、小選挙区制度という大きな制約の中でも、議席を維持しました。しかし、衆議院で日本共産党、社会民主党あわせて16 議席という数は、議員総数の3%程度であり、とても憲法改定を阻止できません。3分の1を確保できなければ、憲法改定の発議を阻止できないのです。
他方、世論では、憲法、とりわけ第9条の改定に反対する意見が常に5−6割程度は存在します。また、2005年9・11総選挙ですら、小選挙区の得票率 では、与党が49.2%、野党その他が50.8%でした。与党は半分に満たないにもかかわらず、議席占有率では75.7%に達していることになります。こう した世論と国会とのギャップを正さなければなりません。
07年の参院選はきわめて重要です。ここで万一、与党が今回のような勝利を収めれば、間違いなく憲法改定の発議が行われるでしょう。逆に、ここで「平和 への結集」が実現し、議席の3分の1を確保することができれば、憲法改定の発議を不可能にすることができます。平和の「風」を起こせば、憲法改定の動きには 歯止めがかかり、その後の努力により私たちは日本国憲法の平和主義を維持し、逆にそれを活性化すること(活憲)ができるでしょう。
(2)平和と社会的公正を目指す勢力を国会に
私たちは、いま、極端にバランスの崩れた国会を前にしています。自由民主党も民主党の多数派も基本的な方向性は同じだからです。安全保障政策において は、戦後日本が維持してきた平和主義を捨て、米国と一体となって戦争ができるように、集団的自衛権を認め、憲法を変えようとしています。
しかし、この平和憲法は、日本だけでなく、アジアと世界における「非戦の誓い」ともいえるものなのです。ここには、大量の犠牲者が2度と生まれないよう に、いのちの尊重が憲法原理として定礎されています。9・11以来世界に戦争が吹き荒れて多くの犠牲者が生まれている今こそ、平和憲法の意義が新たに確認 されなければなりません。
また、自由民主党と民主党の多数派は、「構造改革」という概念を用いて新自由主義(ネオリベラル)型経済政策を推進しようとする方向で一致しています。 これは、米国型の規制緩和、競争原理と格差拡大の経済政策です。
自由民主党は小泉政権の下で、従来の保守主義を捨てて地方や弱者を切り捨て、戦前の革新ファシズムを想起させるような「革新右派政党」になりつつありま す。また民主党も「革新(中道)右派政党」といえます。ヨーロッパで政権を獲得したような「中道左派」勢力が、日本ではあまりにも弱すぎます。このような 政党バランスは不健全と言わざるを得ず、国民にとって、幸福をもたらすものとは到底いえないでしょう。これは大きな悲劇ではないでしょうか。
国民の多くは、平和はもちろん、平等や公平が尊重され、弱者の救済がなされる仕組みが存在することを望んでいると思います。平和と社会的公正を目指す勢 力が、国政の有力な政治グループとして明確に登場すべきです。
これまでも、国会の中で少数野党は、政権の政策の誤りや汚職などの追及において、大野党にはない鋭さを発揮してきました。また弱者や少数者(マイノリ ティ)の要求や声を、絶えず議会に反映させていく機能を果たしてきました。いま、これらの機能すら消滅しようとしています。このことは、多様な要求、価値 観の交錯と議論の中で物事を決めていく民主主義の衰弱をもたらします。いま目の前で進行しているのは、かつてファシズムへの過程で見られたような、民主主 義の衰弱と専制支配の拡大です。
(3)平和と社会的公正を目指す政治的ネットワークと統一会派
では、どうすればいいのでしょうか。それは、平和を志向する全ての人が結集し、主権者としての自覚の下に、「平和への有権者」(の同盟)として政治的に 踏み出すことではないでしょうか。未成年者や在日の人々や外国籍を持つ人々などのように、現在は選挙権を持っていなくとも、平和を要求する権利を持つという 意味において、全ての人が「平和への有権者」たり得ます。
平和・環境、社会的公正、選挙制度改革などの大きな理念や政策において共通する市民の集団が「平和への結集」を提唱し、その実現に向けて働きかけるので す。この市民の運動が、多くの平和運動とも協力しつつその連携を促進し、――例えば、日本共産党、社会民主党、さらには沖縄社会大衆党、虹と緑の500人 リスト運動、新社会党、各地の生活者ネットワーク運動、みどりのテーブル、無所属の議員などが連携する――広範な政治的ネットワーク形成を追求するべきで はないでしょうか。
できれば、民主党・公明党も政策を転換して自由民主党との差を明確にし、軸足を移して、この政治的ネットワークに参画することが望ましいと思います。そ れが無理ならば、民主党の一部との連携を想定すべきですし、自由民主党、新党大地、新党日本、自由連合などの中の護憲派との連携も視野に入れるべきでしょ う。
まずは、国会において、政府、与党に対する質問や追及で、様々な連携や協力をすることです。そのためには統一会派を形成し、質問時間を融通しあったり、 質問内容を有機的に連関させるなど、すぐにでも出来ることがあります。統一会派のための共通政策について合意形成の討議を、すぐにでも開始すべきです。
(4)平和共同候補・平和共同リストの実現を
現在の小選挙区制は、国民の多様な意思を正確に代表に反映させないという意味で、極めて問題の大きな制度です。しかし、すぐに選挙制度の改正がなされる 見込みがない以上、現在の仕組みで選挙戦を戦わなければなりません。
2004年の参院選のとき、沖縄で実現した(民主党、社会民主党、日本共産党、沖縄社会大衆党)平和統一候補のようなやり方を、衆議院では各地の小選挙 区で、参議院では各地の地方区で追求しましょう。できれば、全国で平和共同候補擁立が実現して欲しいと思います。
もう一つの目標は比例選挙区の協力です。票割りは困難ですが、日本共産党、社会民主党、市民派無所属などまで含めた、比例部分での共同リストなどを形成 することができれば、単独では当選できない小グループからの立候補者にも、当選の可能性が生まれます。
こうして、各政治グループが、それぞれの政策的独自性を保持したままでも、暫定的な共通政策を協定し、暫定的な代表を置き、統一的な名称を付ければ、よ り多くの票を得ることが可能になるのではないでしょうか。旧来の言葉でいえば統一戦線であり、近年の言葉でいえばイタリアの中道左派連合「オリーブの木」方 式に近いものです。例えば、その統一名称として、平和憲法を守る政党の枠を超えた連携という意味で、「平和連合」という名称も考えられます。
「オリーブの木」においては、全小選挙区で共同候補を擁立し、比例区ではこの連合の下で各党が戦い、政権を取りました。この方式で「平和連合」を形成す ることも考えられるでしょう。
(5)市民の手により平和への結集を
共通政策については、参加する市民と各党が一緒にテーブルについて、粘り強く協議すべきだと思います。私たちとしては、何よりも、平和憲法を守りそれを 活性化する(活憲)という点を要にすべきだと考えています。これだけを結集点にするという考え方もありうるほどです。また、小選挙区制度の廃止による、民意 を反映する選挙制度(例えば比例代表制)への抜本的改正を一つの軸にすることも考えられます。
その他に、例えば現時点では、1)イラクからの早期撤兵や沖縄の米軍基地縮小、米軍再編による新基地建設反対など、アメリカからの外交的自立、2)靖国問題 の解決などによる、中国、韓国などアジア諸国や世界からの信頼回復、3)年金など社会保障の抜本的な改革、格差是正・弱者救済・雇用の確保などの社会的公正の 実現、4)増税の前の抜本的行財政改革、5)環境保全・エネルギー政策、6)平和省の創設、7)教育基本法改定反対、教育改革、平和のための教育、8)食の安全と自 給率の向上、などが議論されるべきでしょう。
これまでも政党に所属していない人々による平和共同候補擁立の呼びかけは少なからずありました。前回の参院選の際、沖縄で実現した統一候補糸数慶子さん の当選は、野党連携の可能性と力を私たちに教えてくれました。しかし、これまでの統一候補擁立の呼びかけは、政党が選挙態勢を整えた後や選挙直前になって行 われた場合が多くて実効性が少なく、政党を動かすほどの勢いを作り出せませんでした。この結果、いまだ成功に至らず、平和希求政党の間の分裂選挙が続い て、平和を希求する政治勢力は小さくなるばかりです。そこで、選挙直前にならない内に、早くから粘り強い呼びかけと行動を行うことが必要です。
平和憲法を守るための時間はほとんど残っていません。政党間の問題を解決するためには市民の力が不可欠です。今こそ、政治における「平和への結集」に向 けて声をあげましょう。日本の各地で、市民の手による「平和共同候補・平和共同リスト」(平和連合)を実現させましょう。
2006年3月11日
「平和への結集」をめざす市民の風
共同代表
岡本三夫(広島修道大学名誉教授)、きくちゆみ(グローバル・ピース・キャンペ−ン)、小林正弥(千葉大学、地球平和公共ネットワーク)
代表呼びかけ人
愛敬浩二(名古屋大学大学院法学研究科教授、憲法学専攻)、五十嵐仁(法政大学教授)、池住義憲(自衛隊イラク派兵差止訴訟の会代表)、池邊幸惠(庶民の
ネットワーク)、稲垣久和(東京基督教大学教授)、色平哲郎(佐久総合病院内科医)、浮田久子(平和の白いリボン行動・藤沢)、内山田康(社
会人類学者、筑波大学勤務)、岡村孝子(戦争非協力・無防備地域条例をめざす藤沢の会)、岡本厚(「世界」編集長)、岡本三夫(広島修道大学名誉教授)、
嘉指信雄(NO
DU(劣化ウラン兵器禁止)ヒロシマ・プロジェクト代表)、加藤哲郎(一橋大学教員)、神谷扶左子(ピースキャンドル鎌倉)、河内謙策(弁護士)、きくち
ゆみ(グローバル・ピース・キャンペ−ン)、北村実(早稲田大学名誉教授)、君島東彦(立命館大学教授、非暴力平和隊国際理事)、金城睦(弁護士、沖縄平
和市民連絡会共同代表)、小林正弥(千葉大学、地球平和公共ネットワーク)、佐々木寛(新潟国際情報大学助教授)、瑞慶山茂(弁護士、軍縮市民の会・軍縮
研究室事務局長)、竹村英明(平和政策塾)、中山武敏(弁護士)、長谷川きよし(歌手)、星川淳(作家・翻訳家、グリーンピース・ジャパン事務局長)、武者小路公秀(大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター所長)、毛利子来(小児科医)、山下け
いき (2006年3月17日現在)
(表現上の微修正:2006年5月13日)