1票の格差とは何か
10月 22nd, 2012 Posted by MITSU_OHTA @ 2:48:53under 選挙制度 , 定数配分の格差(1票の格差) No Comments
(1) 2010年参院選の定数配分について最高裁が違憲状態の判決――裁判官の裁量を越える個別意見「議員定数削減の流れの中で…」/選挙制度の目的を逸脱した個別意見「選挙制度の仕組みの基本となる理念や政策的目的…」
(2) 「1人1票」は「選挙区間1票格差」を解消しても実現しない(「一票の実質的価値」の差異は、「選挙区間1票格差」より「生票・死票間1票格差」にある)――小選挙区間の1票格差は<投票者>の<1票の実質的価値>の差異というより、<都道府県>などに配分される議席数の格差、すなわち<地域代表性>の格差である
(3) 1票格差を解消するには、議員1人の当選に要する票数をあらかじめ設定すればよい
(4) 選挙制度による格差が憲法審査会に持ち込まれた――民意とずれのある国会で改憲発議をしても恥ずかしくないのか
(5) 格差をさらに拡大する定数削減――身切り論=定数削減神話「消費税増税に反対の民意を国会から追い出すので消費税増税を了解してくれ」
(1) 2010年参院選の定数配分について最高裁が違憲状態の判決――裁判官の裁量を越える個別意見「議員定数削減の流れの中で…」/選挙制度の目的を逸脱した個別意見「選挙制度の仕組みの基本となる理念や政策的目的…」
今回が初めてではないが、衆議院に続いて参議院の選挙でも定数配分について最高裁から違憲状態の判決が出た。違憲状態だとか冷温停止状態だとか、日本では曖昧な言葉が多いが、ともかく原告の長い努力の末、1票格差に関心が集まり出した。
平成23年(行ツ)第64号 選挙無効請求事件
平成24年10月17日 大法廷判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121017181207.pdf
「1票の格差」訴訟 上告審判決の要旨 :日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1704J_X11C12A0CR8000/?nbm=DGXNASDG1703R_X11C12A0MM8000
ただ、道のりはまだまだ長いという感がある。判決はあくまで「選挙区間1票格差」に言及したものであって、死票と生票の間の格差を是正するように求めたわけではない。
選挙区間1票格差が憲法で規定された投票価値の平等性に反するというなら、論理必然的にそれより重大な死票・生票間格差の是正こそが真っ先に求められ、それを通じて選挙区間1票格差を是正するのが自然であるが、判決の重みを盛んに主張するメディアは、格差の本丸にほとんど目を向けない。
定数判決―参院のあり方論ずる時
http://digital.asahi.com/20121018/pages/shasetsu.html
【主張】「違憲状態」判決 衆参とも急ぎ格差是正を
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/121018/trl12101803130001-n1.htm
社説:参院選「違憲状態」 抜本改革を突きつけた− 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/opinion/news/20121018k0000m070132000c.html
参院1票の格差 抜本改革へ最高裁の強い警告 : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20121017-OYT1T01507.htm?from=ylist
東京新聞:一票の格差 平等の実現に早く動け:社説・コラム(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012101802000113.html
メディアは自ら選挙制度改正案を提案することで、国会議員の「怠慢」を正すという選択肢もあるはずだが、最近では民主党が格差是正で足を引っ張っている、と主張するところもある。
社説:1票の格差放置 怠慢にもほどがある (毎日新聞、2012年06月03日)
http://mainichi.jp/opinion/news/20120603k0000m070088000c.html
「『1票の格差』是正と定数の大幅削減、選挙制度見直しの3点を同時決着させるのは各党の思惑が絡んで不可能に近い。それはこれまでの協議で明らかなはずだ。それを承知で持ち出すのはなぜか。」
質問なるほドリ:選挙制度改革、なぜもめるの?=回答・野口武則(毎日新聞、2012年08月17日)
http://mainichi.jp/opinion/news/20120817ddm003070099000c.html
「Q 今回のように抜本改革や定数削減までやろうとしたら、もめるだけだよね。」
それでいて、公明党の井上義久幹事長が違憲状態で選挙を行ってもやむを得ないという主旨の発言をしても、批判することはない。
衆院選挙制度改革:0増5減先行 民主・公明が柔軟姿勢 (毎日新聞、2012年10月15日)
http://mainichi.jp/select/news/20121015k0000e010112000c.html
「井上氏は『国の現状を考えると、衆院解散を優先してしかるべきだ。やむを得ない』と述べ、次期衆院選を最高裁が指摘する違憲状態で実施することもやむを得ないとの考えを示した。」
今回の最高裁判決は「都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど、現行選挙制度の仕組み自体の見直し」という表現で、選挙制度の仕組みの見直しを求めてはいるが、区割りを問題にする程度で、選挙制度の本質的な改正を想定しているようには思えない。
それどころか、最高裁判決では、いとも安易に「総定数を増やす方法をとるのにも制約」があると意見表明し、個別意見では、金築誠志裁判官が「議員定数削減の流れの中で、選挙区選出議員の総数を増加させることは考え難く」と述べ、あたかも定数削減が既定路線のようにとらえている。この見解表明は裁判官の裁量を越えている。定数削減が1票格差と本質的に関連していることを認識していないらしいことも深刻である。
竹内行夫裁判官にいたっては、「参院議員選挙制度の仕組みを検討するに当たっては、参院のあり方にふさわしい選挙制度の仕組みの基本となる理念や政策的目的などを国民に速やかに提示し、具体的な検討を行うことが強く望まれる。」とし、相変わらず選挙制度を「政策的目的」で規定しようとする発想を判決意見の中で表明するという不見識ぶりである。
選挙制度は主権者の平等な主権を保障するための制度であって、政権交代しやすくするとか、二大政党制に誘導するとかの政治的目的で歪めてはならない。
(2) 「1人1票」は「選挙区間1票格差」を解消しても実現しない(「一票の実質的価値」の差異は、「選挙区間1票格差」より「生票・死票間1票格差」にある)――小選挙区間の1票格差は<投票者>の<1票の実質的価値>の差異というより、<都道府県>などに配分される議席数の格差、すなわち<地域代表性>の格差である
日経は1票格差について「有権者が多い選挙区ほど1票の価値は小さくなり、逆に少ないほど価値は大きくなる」と解説するが、この命題は限定条件の下でしか成立しない。
「1票の格差」何が問題? 有権者の平等損なう 選挙制度、国会に裁量権 :日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGKDASDC17008_X11C12A0EA1000/
Q 「1票の格差」とはどのような問題か。
A 選出される議員1人当たりの有権者数が選挙区によって異なることから、有権者の1票の重みに不平等が生じることを指す。有権者が多い選挙区ほど1票の価値は小さくなり、逆に少ないほど価値は大きくなる。
2つの小選挙区で有権者数がまったく同じであったとしても、一方の選挙区で当選得票数が10万票、別の選挙区で落選得票数が20万票のような場合があり得る。この場合、1票価値が同じであるということはない。「選挙区間1票格差」がなくとも、「1票の実質的価値」に差異は生じ得る。
「ある選挙区Aの1票価値が別の選挙区Bの0.2倍である」などの命題は、選挙区Aの有権者すべてに当てはまるものでなく、限定条件下で、死票ではなく生票を投じた投票者グループにしか当てはまらない。
【「一票の格差」違憲状態】堂々巡り浮かぬ原告 「基準示された」評価も(産経、2012年10月17日)
http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/121017/cpb1210172155011-n1.htm
「伊藤真弁護士は地域格差が記載された日本地図を指し示し『あなたは半人前、あなたは0.2人前と言われ、腹が立たない人がいますか?』」
選挙区Aの<有権者>すべての1票価値が選挙区Bの<有権者>すべての1票価値と比べ等しく0.2倍なのではなく、投票率が両選挙区で同じ場合に、あくまで生票を投じた<投票者>を両選挙区で比べ、選挙区Aの<投票者>は選挙区Bの<投票者>と比べ、議員1人を当選させるのに5倍の票を必要とするということを意味し、死票を投じた有権者に1票価値などまったくなく、0.2倍などの比較は意味を成さないのである。
選挙区間1票格差はあくまで、投票率が両選挙区で同じ場合に、生票を投じた<投票者>グループの間で、議員1人当たりの投票者数を比較した比率としてしか意味を持たない。
東京弁護士会の会長声明にある「一票の実質的価値」の差異は、裁判の対象となった「選挙区間1票格差」そのものより、「生票・死票間1票格差」にこそある。
1票の較差をめぐる最高裁大法廷判決に関する会長声明(2012年10月17日)
http://www.toben.or.jp/message/seimei/
「選挙権は、民主主義の根幹を構成する重要な権利である。一票の実質的価値に明らかな差異が生じることを許容するならば、有権者の意思を公平かつ合理的に立法府に反映させるための平等選挙制度の機能は著しく阻害されることになる。」
「1票の実質的価値」を小選挙区と複数定数区で詳しく考えてみる。
1人区だけの小選挙区制では、「選挙区間1票格差」を是正(区割り変更)しても各選挙区で定数に増減はない。小選挙区制における1票の価値は、どの政党を支持する票かということと、その選挙区における政党支持率を主要な条件として、生か死かのどちらかに決定されてしまう。他選挙区と比べて議員1人当たりの有権者数が多いから1票の実質的価値が小さくなる、ということではない。
中選挙区制・大選挙区制では、議員1人当たりの有権者数が少なくなる、あるいは定数が増えれば、名目的に「選挙区間1票価値」が高まるだけでなく、より多くの投票者の票が生票となる確率が高まると同時に、より少ない票数で生票になる確率が高くなるので、実質的にも「選挙区間1票価値」が高まる。
有権者数100万人(20万人 x 5)に定数5の中選挙区aと、有権者数20万人に定数1の小選挙区bでは、「選挙区間1票価値」は同じとされる。有権者数10万人に定数1の小選挙区cは、前2者より「選挙区間1票価値」は高いとされる。
しかし、少数政党の候補は小選挙区で当選しにくいから、少数政党の支持者にとって、小選挙区cの高い「1票価値」は実際的価値が低く、「1票価値」の低い中選挙区aの方がありがたい。小選挙区と複数定数区の間で選挙区間1票格差を比較しても「実質的価値」を比較することはできない。
現在の1票格差論が問題にしているのは、必ずしも<投票者>の<1票の実質的価値>の差異ではなく、小選挙区の場合は<都道府県>など(小選挙区より大きい範囲)に配分される議席数の格差、すなわち<地域代表性>の格差に他ならない。もっとも、小選挙区制で当選した議員は多数を代表するとは限らないので(コンドルセのパラドックス)、その地域を代表する保証はない。
コンドルセのパラドックス
http://kaze.fm/wordpress/?p=215#8
例えば、島根県や神奈川県の間で「選挙区間1票格差」がある場合は地域代表性の格差があると言えるが、各県内の小選挙区の間だけで「選挙区間1票格差」があっても、両県の間に「1票格差」がない場合、「地域」の定義を都道府県とすれば、地域代表性の格差はないことになる。
「1票価値」が島根1区で1.5、島根2区で0.5、神奈川1区で1.5、神奈川2区で0.5だとする。島根1区の「1票価値」は神奈川2区のそれよりが3倍高いとされるが、両県の1区、2区全体でみれば、議席配分数は両県でまったくのお相子となる。「1票価値」が3倍だからといって、議員を3倍選出できるわけではない。どの選挙区も1人を選出する。
小選挙区制では民主や自民などの大政党しか当選しないから、「選挙区間1票格差」の是正は大政党支持者にとってしか意味がなく、大政党の議席をある都道府県から別の都道府県に移動させるくらいにしかならない。
<有権者>には「1票価値」がゼロの死票を投票する<投票者>も含まれるから、議員1人当たりの有権者数で「1票格差」を比較することがそもそも間違い。議員1人当たりの<投票者>数を比較しなければ、「1票の実質的価値」を比較することはできない。
小選挙区制は、1つの選挙区で30%が生票に、残り70%が死票になるというような格差を認めるものである。こうした致命的な生票・死票間1票格差を放置して、選挙区間1票格差ないし地域代表性格差だけを是正すればよいというものではない。
(3) 1票格差を解消するには、議員1人の当選に要する票数をあらかじめ設定すればよい
1票格差を解消するには、議員1人の当選に要する票数をあらかじめ設定し、死票を生票に生かす仕組みを作ればよい。また政党候補と無所属候補の間の格差も解消する必要がある。
電子投票システムなどを使って何日もかければそれは実現するが、そんな手間をかけていられないというなら、近似的な制度を作るしかない。
中選挙区比例代表併用制を提案する
http://kaze.fm/wordpress/?p=164
(4) 選挙制度による格差が憲法審査会に持ち込まれた――民意とずれのある国会で改憲発議をしても恥ずかしくないのか
衆参で既に憲法審査会の委員と会長が選出されている。委員は各会派の議席占有率に応じて配分されるので、小選挙区制を中心とする選挙制度の歪みがしっかり審査会にも受け継がれているのである。
衆院でみると、各党における憲法審査会の委員占有率と2009衆院選の比例区得票率はそれぞれ、民主で64%、42.4%、自民で24%、26.7%、公明で4%、11.5%、共産で2%、7.0%などとなっており、民意とのずれが大きい。
「選挙区間1票格差」の是正は主張されても、改憲過程における格差の重大性はあまり深刻に語られない。日本維新の会などは「維新八策」で「1票格差」の是正策も新選挙制度案もまったく提案していない。民意とずれのある国会で改憲発議をしても恥ずかしくないのだろうか。
(5) 格差をさらに拡大する定数削減――身切り論=定数削減神話「消費税増税に反対の民意を国会から追い出すので消費税増税を了解してくれ」
原発安全神話は崩れても定数削減神話は健在だ。神話というより信じているふりだと思うが。国会議員は機会あるごとに国会議員定数の削減に努める考えを述べている。
消費税増税という負担を国民にお願いする前に、国会議員自らが身を切り、血を流してみせる必要があるのだという。辺野古新基地やオスプレイという負担を沖縄に押し付ける前に国会議員が身を切るべきだ、血を流すべきだ、などとは主張しないが。
民主党が主張しているように衆院の比例区定数を80削減すれば、1票格差はさらに拡大する。
2010参院選の結果を基に、比例区定数を80削減した場合の衆院比例区選挙をシミュレーションすると、社民党議員1人の当選に要する票数は、民主党議員1人の当選に要する票数の4.98倍となる。「選挙区間1票格差」論で問題にしている2倍どころではない。比例区定数を削減しても民主党は身を切ることはできないが、身を肥やすことならできる。
2010参院選――結果分析
1. 定数が100に削減された場合の衆院比例区選挙シミュレーション
http://kaze.fm/wordpress/?p=309#2010e1
民主党などの身切り論は、消費税増税、辺野古新基地建設、オスプレイ配備、原発維持などを主張していない他党を国会から追い出し、真逆の政策を支持している有権者の意見を切り捨てるから、それらの政策に了解願います、というものである。一体どういう論理と心理と礼節なのか。
消費税増税などを主張する政党のみが身を切るべきだ、あるいはキャバクラ代(自民党の安倍晋三総裁が支部長を務める自民党山口県第4選挙区支部)、温泉代、ヘアーメーク代などを政治資金で支払っている政党に対する政党助成金を減額すべきだ、いうならまだ理解できる。
国民負担と引き換えに国会議員が身を切るのであれば、国会議員の身は3・11後に一片も残っていないのではないか。福島原発事故の被害者は身を切り、血を流した。原発を維持しようという政党・議員こそ身を切るべきである。
日々、現役議員の引退が伝えられている。民主党などは新人議員の立候補者数を減らせば現役議員の椅子が減ることはないのだから、民主党が主張する程度の議員定数を削減したところで、そもそも身を切る、血を流すことなどできない。
2010参院選――結果分析
4. 定数削減でも身の切りようがない
http://kaze.fm/wordpress/?p=309#2010e4
国会議員が本当に身を切りたいのなら、選挙制度改革を主権者主導の枠組みに委ねたらどうか。
太田光征
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