宇都宮健児氏都知事選出馬と市民派脱原発派の都政・国会戦略
2012/11/11 櫻井智志
「人にやさしい都政をつくる会」の声明は感銘的で東京都民の幸福を願うとともに、都知事選がどのような全国的な意味をもつかもあきらかにしている。ひとの心のあたたかさをはっきりと明示してくれている。九日、前日弁連会長の宇都宮健児氏は、「人にやさしい東京をつくる会」の擁立に則り都知事選立候補を表明した。前に掲げた資料は、一部分のみ引用にとどめる。
資料1 「人にやさしい都政をつくる会」声明
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(前略・中略)
では、どのような都知事を私たちは求めるか。
第一は、日本国憲法を尊重し、平和と人権、自治、民主主義、男女の平等、福祉・環境を大切にする都知事である。
第二は、脱原発政策を確実に進める都知事である。石原知事は、原発問題を「ささいな問題」と呼んだが、冗談ではない。東京都民は福島原発からの電気の最大の消費者であり、東京都は東京電力の最大の株主だ。福島原発事故の結果、豊かな国土が長期にわたって使えなくなり、放射能汚染による被害は、むしろこれから顕在化する。原発事故と闘い、福島をはじめとするこの事故の被害者を支えることは東京都と都民の責任である。これまで原発推進政策を推し進めてきた政官業学の原子力ムラと闘うことは、この国の未来を取り戻すことである。政府、国会、経産省、東電を抱える東京で の脱原発政策は、国全体のエネルギー政策を変えることになる。
第三は、石原都政によってメチャメチャにされた教育に民主主義を取り戻し、教師に自信と自律性を、教室に学ぶ喜びと意欲を回復させる都知事である。
第四は、人々を追い詰め、生きにくくさせ、つながりを奪い、引きこもらせ、あらゆる文化から排除させる、貧困・格差と闘う都知事である。
以上のような都知事を私たちは心から求める。このような都知事を実現するため、私たちは全力で努力する。
2012年11月6日
赤石千衣子 雨宮処凛 池田香代子 稲葉剛 上原公子 内田雅敏 内橋克人 宇都宮健児 大江健三郎 岡本厚 荻原博子 奥平康弘 海渡雄一 鎌田慧 河添誠 北村肇 木村結 小森陽一 斎藤駿斎藤貴男 早乙女勝元 佐高信 佐藤学 澤田猛 澤藤統一郎 柴田徳衛 品川正治 杉原泰雄 高田健 俵義文 崔善愛 辻井喬 暉崚淑子 寺西俊一 中山武敏 西谷修 堀尾輝久 前田哲男 山口二郎 渡辺治
以上、40 名(11 月5 日23 時現在)
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この声明を読むと、脱原発を契機として、代々木公園や明治公園で大規模な集会を開催しつづけて、一方全国で1000万人脱原発署名を集めた運動のことが想起される。
その市民運動は、脱原発基本法制定全国ネットワークをつくり、国会に脱原発基本法を制定する法案を上程した。このとき、政党として、「国民の生活が第一」新党きづな、社民党、新党大地・真民主・減税日本など野党の有志議員のグループが九日、代表世話人会を開き、東京都知事選に出馬する宇都宮健児氏を推薦する方向で検討することを決めた。代表世話人会は、今後それぞれの党に持ち寄り党として推薦するよう調整する。
また、日本共産党東京都委員会などでつくる「革新都政をつくる会」は九日、都知事選で宇都宮 健児氏を支持する方針を確認した。十二日の臨時総会で正式決定する。共産党は、脱原発や弱者支援などの政策を評価、独自候補も検討したが、共闘によって当選の現実的な可能性が高まると判断した。共産党も同氏を支持する方向で検討している。
今回の過程を見ていると、脱原発で市民の全国的な怒りと抗議を結集した市民運動が、脱原発基本法を上程し、抗議行動を野外で繰り広げる一方、都知事選や国会選挙でも、共闘して「市民的第三極」の地場を結成するなど総合的な戦略が目立つ。
一方日本共産党も、脱原発即時ゼロ廃止をよびかけるなど、政策上の前進を見せて、他の政党の脱原発の共闘には加わっていないけれど、結果として宇都宮氏を支持するなど、この大きな流れに合流していることが言えよう。
実は都知事選に最も早くマスコミがとりあげたのは、市民グループ「私が東京を変える」の候補者擁立である。このグループは、脱原発国民投票事務局長でもある今井一氏がまず個人として広く市民に候補者を擁立する集いをもっ た。その中でしぼられた数名の候補者に実際にあたり立候補の可否をたずね、立候補する意志のあるかたに集まってもらって、政策などを質問した上でグループで検討して、宇都宮健児氏を擁立した。これは十一月九日のことである。
時間的に余裕がない中で、知識人でなく、市民が都知事選を擁立しようとする試みとして注目されてよいと考える。
そんな中で、都知事選に再三再四擁立を促された湯浅誠氏が以下の声明をインターネットで公開した。
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資料2 湯浅誠さんからのメッセージ (インターネット 公開)
都知事選についてのコメント (11月4日執筆、6日発行)
この間、多くの方から、都知事選についてお問合せなどいただきました。ご推薦 いただいた方もおられて光栄かつ恐縮でした。率直に申し上げて、今回の都知事選 で私が「勝てる候補」などと言われるのは、ほとんど身の丈に合わない話と思わざ るを得ないので、わざわざ態度表明するのもどうかと思っていました。しかし、新 聞紙上でも取り沙汰されるようになり、沈黙していることによる不利益も生じかねない情勢になってきたことから、コメントしておきたいと思います。結論から申し上げると、出馬はしません。 以下、この間の経緯や考えたことを書きます。
1)大きな社会状況として、すでに数多くのご指摘があるように、橋下維新、石原新党とつづく世の中の流れには、私も危機感を持っています。石原さんが事実上の後継者として指名した猪瀬直樹さんが石原都政路線を引き継ぐのだとすると、また、出馬を取り沙汰されている東国原さんが橋下さんとの連携を示唆されているのだとすると、この間の流れも踏まえつつ、それに違和感を抱いている人たちの思いを集結させられる対抗馬の擁立(オルタナティブの提示)は必要だと、私も思います。
2)ただし、1000万人を超える有権者を抱える巨大都市・東京都の知事は、広範な人々の利害を調整する官僚機構と良好な関係を保ち、企業から生活者を含めた多様な人々に共感を得る必要があります。イメージとしては、1000万人有権者を自分から近い順に一列に並べたときに、真ん中(500万人目)からちょっと先くらいの人たちに言葉を届けられるくらいの幅の広い陣容を組めるかどうかが重要に思います。
3)では、それは誰か、となるのが選挙です。固有名が出ないことには選挙になりません。ただし、その前段階では「こういう人」というイメージが必要です。私のイメージは以下のようなものでした。
?原発事故以降、飛散する放射能や食の安全に対する不安は高まっています。それは社会運動や市民活動に参加したことのなかった人たちも抱いています。人によっては濃淡があって、人によっては漠然としてもいる不安感を抱く人たちが共感できる人が望ましい。上から降ろしたような脱原発・反原発ではなく、重要なのは「生活者としての共感でしょう。したがって生活者目線を(「生活者目線!」と訴えるだけでなく)体現している人が望ましい。
?加えて、グローバル化が進行する中、グローバルな競争関係にいかに対処するか、という知見も必要です。とりわけ巨大都市で一人勝ち状態の東京では、「東京が牽引役」と漠然と感じている人が多いと思われます。直線的なグローバル批判よりも、多様性(ダイバーシティ)、普遍性(ユニバーサル)をキーワードに、「グローバルとは競争の激烈化とイコールではない」「多様性と普遍性の尊重が発展と成長につながる」という主張を説得的に展開でき、それを体現するグローバルなキャリアを持った人が望ましい。
?石原新党や橋下維新の諸政策を「新自由主義」と断じる人たちは、どんな対抗馬でも票を入れる。しかしそれだけでは数十万票規模にしか達しないだろう。むしろ問題は「あのマ ッチョな感じについていけない」と肌感覚で違和感を抱いている人たちの共感を得られるかどうか。ソフト・柔軟・親しみといった対極的な諸要素を併せ持つ人が望ましい。
?知名度や実績は高ければ高いほどいい。ただ、仮にそれほどの高い実績や知名度がなくても、諸分野の専門家のバックアップや候補者に欠けているものを補う態勢の担保を選挙戦中から示すことで、知名度不足からくる不安感、不信感をできるかぎり払拭することは不可能ではない。
その他、政党人でないことなど、さまざまな要素がありますが、ここでは割愛します。
4)そのようなイメージから、私は今回、都知事選には「生活者としての立ち位置とグローバルなキャリアを併せ持ち、猪瀬さんや東国原さんとは対極的なキャラクターを持つ女性」が望ましいのではないかと考え、それに当たる人を探しました。幸い、お一人おられたので、11月頭に急遽お会いしてお話してみましたが、残念ながらお子さんが小さいことなどから固辞されました。この時点で、私にとってベストの候補はいなくなり、あとは誰がベターかという話に移りました。
5)「勝つ」ことが困難でも、「勝てない可能性が高いが、オルタナティブを提示し、一定の票を獲得することで、異なる民意を示す価値のある選挙戦ができるか」という次元もあり得ます。理想的な形は作れなくても、意味のある選挙戦ができれば、それは都知事選に続く衆議院選挙、都議会議員選挙に向けて、オルタナティブを望む少なからぬ都民の存在を可視化できる(それは、都知事選を、次の総選挙で自分の政党の得票数増加に結びつけようといった個々の政党の思惑とは別のレベルの話として)。そのラインは、過去2回の選挙で次点候補が獲得した169万票だろ うと思います。対戦候補によってはそれだけ取っても勝てないかもしれない。しかし、次点候補がそれ以上の票数を獲得したのは1975年以来ありません。オルタナティブを提示しつつ、それだけの票を獲得したとしたら、仮に選挙で勝つことができなくても、一定の民意を示したと言えるのではないか、と思います(もちろん「選挙なんだから勝たなくては意味がない」という言い方もありますが…)。
6)そのためには、いわゆる「左派」系の政党を支持している人の数では到底足りません。それ以外の100万人近い人たちが支持してくれないと、その数には至りません。これは、投票する人たちの5人に1人という気の遠くなるような数です。現在の社会運動の広がり具合、浸透具合を冷静に見るかぎり、その人たちが仮に現在の石原新党、橋下維新といった流れに何らかの違和感を抱いているとしても、同時に社会運動や市民活動にも違和感や拒否感を抱いている可能性は少なくない。「どちらを選ぶか」と問われれば「まあ、どっちもどっちだろうけど、まだ前者のほうに実績と勢いと展望があるのではないか」「後者では、東京がどうなってしまうかわからず不安だ」と感じる人も少なくないのではないかと推 測します。危ないのは「石原新党、橋下維新に違和感を抱いている人は少なくないはずだ」という点に重きを置きすぎて、「自分たちに違和感を抱いている人も少なくない」という点を軽視したり忘れてしまうことです。
7)そうだとすると、目指すべき戦略は、
?社会運動や市民活動に対する不安や不信感をいかに払拭し、
?相手候補に対する違和感にいかに明確な言葉を提供できるか、
ということになります。?は社会運動や市民活動が比較的ふだんからやっていることで、相対的な得意分野と言えるかもしれません。?は比較的ふだんから忘れられがちなことで、相対的な不得意分野です。しかも?と?はバーター関係にあり、どちらかに偏りすぎると他方を失いますから(先鋭化すれば広 がりを失い、広げすぎれば無原則となる)、両者が得票数最大化に向けて絶妙のバランスを取るように工夫する必要があります。それは容易なことではありません。選挙の事務局内でも「ここが均衡点」の判断は分かれるでしょう。容易ではないから、今まで勝てませんでした。そして、?が不得手で?が得意なのだとすれば、当面力を入れるべきは、当然不得意分野である必要があります。
8)そのためには、自分たちにないものを補っていく布陣が必要です。実績不足については実績のある人を、不安に対しては安心感を与えられる人を、不信感に対しては自分たちと対極にいるような人でチームを構成し、応援団に配置できることが望ましい。もちろんそれも容易なことではありません。ないものを 補ってくれるような人たちが、社会運動や市民活動に不安や不信感を抱いている可能性も少なくないからです。だからこそ、対話と調整の技法が必要です。それができなければ、結局選挙戦も広がりを欠くものになります。そして選挙が組織戦でもある以上、社会運動や市民活動に携わる一人ひとりがそれを身につけていかなければ、候補者だけにその広がりの獲得を期待しても、無理な話です。結局、草の根ベースで一人ひとりがそれをできるかどうかが、選挙でも問われることになります。その点は、社会運動や市民活動の日々の現場と変わりません。『ヒーローを待っていても世界は変わらない』ゆえんです。タテに突き抜けるような一点突破型の手法だけでいけるなら、そもそも苦労はありません。
9)諸般の事情から、今回の都知事選で私自身がそれを担うことは不可能になりました。当初から自分自身についてはきわめて消極的でしたが、現在では完全にゼロです。「諸般の事情」については、いずれご説明する機会も来るかもしれませんが、いま詳細を述べることは差し控えます。ご了承いただければ幸いです。 (後略)
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湯浅誠氏のメッセージは、都知事選を闘う上でどんなキイポイントがあるかを明確に提示している。このような指針自体も極めて有効な指針となっている。
とくに169万票が次点を超える得票で、左派の得票が50万票前後ならば、100万票を浮動層を獲得する作業がいる。この課題に、湯浅氏は、候補者と相異なる応援者を立てて、広く都民の若者層によびかけることが必須と説いている。考えられる具体例としては、世田谷区長社民党の保坂直人氏、音楽家で脱原発に熱心な坂本龍一氏、脱原発に熱心でタレント職業さえ失業という過酷な目にあった山本太郎氏、大学教授でかなり以前から若者層に任期のある宮台慎司氏。これらの応援者が交互に宇都宮健児氏を応援するとよいと考える。当の湯 浅誠さん本人も都合のつく効果的な場面でどうか。また新党大地・真民主から間違いなく衆院選出馬を公表している歌手の松山千春氏の登用も考えてしかるべきであろう。
ともかくイメージ戦、言論戦、投票者との対話において、どれも他の候補者を凌駕する必要がある。
そして、都知事選で健闘しえたなら、その政治家の支援の動きは衆院選へと連動していくだろう。ここでも、選挙区では当選はたったひとりなので、脱原発による共闘態勢を組む政党は、互恵の対等の感覚で候補者のバーターなどを試みることができよう。比例区は、それぞれの政党の独自な戦略や政策が基本となる。かりに共産党が選挙区のバーターに加わることがあったなら、小選挙区で共産党当選の可能性もありうる。しかし、共産党はムードではなく、政策による一致を共闘の基本としてきたし、それは野合を防ぐひとつの見識であるから、それ以上私はたちいるつもりはない。
都知事選で、立候補を表明しているのは、猪瀬直樹氏。予想されるのは、松沢成文氏、東国原英夫氏、小池氏、舛添要一氏など多彩である。多彩だが、脱原発でしかも脱貧困にも取り組んできた候補者は宇都宮健児氏ひとりである。民衆の弁護のために闘い続け、自らが生活の厳しさを子どもの頃から実感として知り続けてきた宇都宮氏は、日弁連の反主流派として会長に当選したが、次期は落選したという。いつも民衆の側にたち続けた宇都宮健児氏。実に有力な候補者を得た。後は都民の一票が待たれる。都知事選は、次の国政選挙と連動している。
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