「1票の格差」訴訟の意義

【要旨】「投票価値の格差」は「定数配分の格差」だけではない。「国民の多数意見と国会の多数意見の一致」をもって国民主権が保障できるとする判決は、小選挙区制を違憲とする。

広島高裁岡山支部は3月26日、2012衆院選の岡山2区の選挙を憲法違反として無効とする判決を下しました。判決文は http://bit.ly/YEZzrO です。

判決は国民主権と法の下の平等を「投票価値」に適用し、「国民の多数意見と国会の多数意見の一致」をもって国民主権が保障できると判断しました。私の表現でいう「平等な国民主権」と無縁ではありません。

日本国憲法は第14条で「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定しています。

投票価値の平等は定数配分だけで決まるものではありません。投票価値の格差には、選挙区・政党間の死票率の違いなど、多様な切り口があります。

2012年の最高裁判決も、法の下の平等を「選挙権」「投票の有する影響力」「投票価値」に適用しているのであって、投票価値の格差が定数配分の格差だけだと判断しているわけではありません。

平成23年(行ツ)第64号 選挙無効請求事件
平成24年10月17日 大法廷判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121017181207.pdf
「憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば,議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等,すなわち投票価値の平等を要求していると解される」(7ページ)

例えば、議員1人当たりの人口が厳密に同じであっても、参院選の1人区と5人区で投票価値が平等だなどとは、決して言えません。

死票率の格差が両選挙区の間で明確に存在し、有権者にとっての投票価値は明らかに1人区で低くなっています。参院選の区割りは明白に違憲です。

神戸学院大学の上脇博之教授(@kamiwaki)も、「投票価値の平等」について、投票前だけではなく投票時(後)も保障すべきと指摘しています。http://goo.gl/NKRBp

ただ、上脇教授は「投票価値の平等」を「定数配分の平等」の意味で使っています。投票後に得票数に応じて定数を決めるべき、という考え方です。

「投票後」の「1票の格差」(ここでは「定数配分の格差」ではなく「投票価値の格差」)に相当するものを、私は政党間1票格差や生票・死票間1票格差などと表現しています。

広島高裁岡山支部判決は、「選挙区制を採用する際は、投票価値の平等(すなわち、選挙区(国民の居住する地)によって投票価値に差を設けないような人口比例に基づく選挙区制)を実現するように十分に配慮しなければならない」としています。

同判決は、訴状の争点に従って、区割り選挙を前提にするなら人口比例選挙をせよ、と求めたのです。人口比例選挙だけ実施すれば平等な投票価値が実現する、と判断したわけではありません。ここが重要です。

小選挙区制の下、2012衆院選の小選挙区における死票率は実に56%でした。自民は比例区得票率28%、小選挙区得票率43%で全議席の61%を占めました。国会の多数意見は国民の少数意見でしかありません。

「国民の多数意見と国会の多数意見の一致」をもって国民主権が保障できるとする同判決は、実質的に小選挙区制を違憲としているのです。

「1票の格差」という言葉を「定数配分の格差」という意味で独占するのは不当です。原告の山口邦明弁護士グループも「1票の格差訴訟」ではなく「定数是正訴訟」と呼ぶべきだと主張しています。

2013/03/26 「一票の格差」訴訟 東京高裁「違憲」判決 記者会見
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/70047

メディア用語の「1票の格差」は多義的で、これを「定数配分の格差」という意味だけで使用するのは不適切です。

選挙区間1票格差やそれをもたらす選挙制度の仕組み(小選挙区の区割りにおいて都道府県にまず定数1を割り当てる1人別枠方式など)が違憲であるなら、それより重大な政党間1票格差や生票・死票間1票格差とそれらもたらす選挙制度の仕組み(小選挙区制、ブロック制比例代表制の定数配分、1人区と5人区の同居など)なども論理必然的に違憲となります。

判決は憲法の規定通り、選挙制度では定数、選挙区、投票方法、その他について国会の裁量を認めながらも、1人別枠方式などの区割り方式がもたらす格差について口出ししているわけで、選挙制度のその他の要素がもたらす格差についても裁判所は口出しできるはずです。

平等な国民主権に照らせば、中選挙区制などがあるのに投票価値の平等を犠牲にしてまで最悪の小選挙区制を採用する合理的な理由はありません。

2012衆院選の小選挙区で死票を投じた56%の有権者グループと生票を投じた44%のグループの間にある格差、議員1人を当選させるための票数の格差(同小選挙区で旧未来は自民の13.83倍、同比例区で社民は自民の4.87倍)は、解消する方法があるにもかかわらず放置されているので、違憲です。

小選挙区制を前提にするとしても、何らかの決選投票方式を採用すれば、現在ほどの56%対44%の格差は生じません。1人別枠方式を違憲とする判断が可能なら、少なくとも小選挙区制における単記投票制をオーストラリアの優先順位付連記投票制などに改正することくらい、裁判所は訴えられれば求めることができるはずなのです(以上だけでは本質的にまったく不十分ですが。下記参照)。

オーストラリア下院の選挙制度は優れているか?
http://unitingforpeace.seesaa.net/article/89557778.html
議会制民主主義 - オーストラリアについて
http://www.australia.or.jp/aib/country.php

同様に、衆院のブロック式比例代表制の場合でも、ドイツのように全国集計した票で各党に議席を配分する方式があるのだから、裁判所は比例区の票数集計・議席配分方式についても、平等な国民主権の観点から憲法判断ができるはずです。

得をした選挙区からみて損をした選挙区だけ選挙を無効とし、得をした選挙区での選挙の無効を免除とすることは、差別にほかなりません(損得については選挙区間1票格差以外も考慮する必要あり)。投票価値の不平等はセットで発生しているのですから、いずれも無効とすべきです。

岡山2区の選挙だけを無効とする岡山支部判決も、無効判決としなかったその他の判決と同様に、事情判決というしかありません。格差是正訴訟で新たな差別を生むとは、皮肉です。

[参考]

1票の格差とは何か
http://kaze.fm/wordpress/?p=381

2012衆院選――結果分析(2012衆院選での政党間1票格差について:表1)
http://kaze.fm/wordpress/?p=435

細田案が浮き彫りにする「政党間1票格差」(社民党支持者の1票の価値は、公明党支持者の1票の0.45票分)の違憲性
http://kaze.fm/wordpress/?p=449

「1票の格差」是正の再選挙で政党間1票格差が拡大する可能性も
http://kaze.fm/wordpress/?p=450

中選挙区比例代表併用制を提案する
http://kaze.fm/wordpress/?p=164

太田光征

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