世襲制限の立法化は壊憲クーデター

1. 政治改革詐欺としての世襲制限論議
2. 世襲制限論議から選挙制度改悪第二幕へ
3. 世襲制限の立法化は壊憲クーデター
4. 政治論議で主権を切り崩す罠にはまらないために――「政治改革」ではなく、「主権保障」を

政治改革詐欺としての世襲制限論議

 国政選挙での世襲を制限する議論が盛んですが、世襲制限については早くも抜け穴が考えられています。世襲候補を無所属で立候補させ、党県連が応援し、当選後に追加公認するという手です。実際、小泉純一郎氏の世襲選挙区でその可能性が指摘されています。

 「別の候補を立てなければ票は割れない。選挙に多少不利でも無所属で出馬し、当選後に追加公認される可能性が十分にある。しかも次男は自民党神奈川11区の支部長にとどまり、政党支部で企業・団体献金は受けられる。党執行部は刺客を送る考えはなく、県連が事実上支援することも黙認する方針だ。」(5月22日付け朝日新聞)

 千葉県知事選で森田健作氏が完全無所属を装い、自民県議多数の応援で当選し、当選後に自民党べったりであることを公然と認めたのとソックリです。

 世襲の制限といっても、その中身は、新人の世襲候補について、「同一選挙区から連続して立候補する場合は公認しない」(自民)「同一選挙区から連続して立候補するのを認めない」(民主)というもの。隣の選挙区からの立候補や、麻生首相のように間を空けた選挙での立候補を制限するものではないのです。メディア時代の今日、それで世襲制限というのは無理でしょう。

 
世襲制限論議から選挙制度改悪第二幕へ

 民主党の世襲議員は全体の約1割とのこと。それほど多いとはいえないでしょう。世襲制限というのは、要するに、非世襲の自民党議員を選びたい、という要望に応えるものです。またぞろ自民党改革のための政治改革論議が持ち上がっているのです。

 いわゆる政治改革論議が小選挙区比例代表並立制の導入にすり替えられた90年代初頭を思い出します。金権腐敗をなくすなどと理屈をつけて、主権者の主権を侵害する小選挙区比例代表並立制が導入されてしまいました。

 選挙制度は、政治改革なかんずく自民党改革の道具ではありません。小選挙区制は、西松建設や熊谷組などが設立した偽装政治団体による企業献金を防げませんでしたが、自民の延命には見事に成功しました。主権者の主権を具体的に保障するための選挙制度が、政治改革詐欺の犠牲になってしまったのです。

 世襲制限が、議員定数(比例区定数)の削減とセットで語られていることに注意しなければなりません。国会議員はけしからんという世論が世襲制限論議で高じることで、比例区定数の削減をスムーズに進めやすくなります。

 自民と民主による見せ掛けの政治改革競争が、自民のさらなる延命に貢献する比例区定数の削減に収斂する。主権者の主権を侵害する選挙制度改悪の第二幕です。

 民主党は「行革」の一環として、議員自ら身を削るということで、マニフェストに衆院比例区定数の削減を盛り込もうとしています。自民党の菅義偉選対副委員長も「自民党が体質を変える覚悟として、自らの身を削ることを国民に約束することが必要だ」(5月24日 時事通信)として、議員定数の削減を主張しています。

 しかし比例区定数の削減は、決して自民と民主の身を削ることになりません。小数政党の身をさらに削ることで――主権者の主権を切り崩して――自民と民主の立場を安泰にする仕掛けなのです。

[参考]
比例区定数が100に削減された場合の衆院選比例区シミュレーション
http://kaze.fm/wordpress/?p=229

 自民と民主が自分の身を削りたいなら、小選挙区制を廃止して、民意を反映する選挙制度に改正すればよいのです。

 
世襲制限の立法化は壊憲クーデター

 世襲制限は、政党の内規で規制するだけなら私も歓迎しますが、これを立法でということになると、困ったものです。憲法で保障された職業選択の自由を明らかに侵しますから。

 民主党新代表の鳩山由紀夫氏も、必ずしも世襲制限の立法化を否定していません。「公平公正というもの、こういう観点から私どもは例えば法案を作るべきではないか、ということでございまして、従って国民のみなさんに望ましい政治風土を作っていくために公平公正な立場に立てるような、そんな選挙のプロセスを作り上げていきたい。という思いで世襲議論をしているところであります」(5月16日付け産経新聞)

 もしかしたら、ここで言う「法案」が、政治資金管理団体の相続を禁止する法案のみを指すのかもしれません。それでも、世襲制限に当たって立法化を排除するとの明確な方針は、自民・民主のいずれからも出されていません。

 例えば旧教育基本法の改悪という壊憲はけしからんが、世襲制限の立法化という壊憲は容認できる、というようなダブルスタンダードはいけません。世襲制限の立法化は、自公民による一連の立法壊憲と何ら変わらないではないですか。

 主権者が自ら憲法機能の空洞化に加担することは自殺行為です。これは、労働条件に関して、正規雇用者と非正規雇用者が、いわゆる「下向きの平準化」「底辺に向かう競争」を競い合う様に似ています。相手方の労働条件の切り下げが自分にも跳ね返ってくるという構造は、気付きにくいものです。世襲議員を駆逐したつもりが、主権の拠り所である憲法をズタズタにしていた、では笑うに笑えません。

 
政治論議で主権を切り崩す罠にはまらないために――「政治改革」ではなく、「主権保障」を

 主権者と護憲政党である共産・社民などは、壊憲クーデターである世襲制限の立法化に反対し、あくまでも政党内規で対応するべきだ、という論に組みするべきです。

 さらに、世襲制限論議を選挙制度改悪ではなく、選挙制度改正の足がかりにする。小選挙区制では、同一政党から1人の候補者が立つのが普通なので、支持政党の候補者を重視する主権者は、世襲候補が立てば選ばざるを得ません。同一選挙区で同一政党から複数の候補者を立てられるようにすればよいのです。そうした選挙制度の1つとして、中選挙区比例代表併用制を提唱しています。

[参考]
中選挙区比例代表併用制を提案する
http://kaze.fm/wordpress/?p=164

 世襲候補を排除する決め手は、世襲候補を擁立しない第三極を確保することです。自民党改革はウンザリ。その点でも、自民と民主に不当に有利な小選挙区制を廃止する必要があります。

 政治家を懲らしめようとするから、世襲制限という発想になり、壊憲と選挙制度改悪の形で、主権者が自ら墓穴を掘ってしまいかねない。そうではなく、目を自らに向ける。選挙制度改正により、主権者の主権を正当に保障することで、主権者が主体的に世襲候補を排除できるようにすればよいのです。

2009年5月25日

太田光征
http://otasa.net/

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5 Responses to “世襲制限の立法化は壊憲クーデター”

  1. AW Says:

    世襲と制度として認めてはならないのと同じで、世襲を制度として制限してはしてはならない、と考えています。これは自由主義者であれば当たり前の発想です。岡田氏、前原氏が渡米して以降、世襲の禁止の議論が盛り上がってきている、との見方もあります。アメリカに何か言われたのかな?

    ところで、外国人参政権や人権擁護法はどう考えられているのでしょうか?

  2. 関係性 Says:

    カルト集団『幸福の科学』が政治に進出…

     きっと出てくるだろうと予測していた。
     カルト集団の創価学会が大手を振って政治に関与し、公明党が与党にへばり付き、自公政権を演出してきた。創価学会膨張の上げ止まりに対 (more…)

  3. 罵愚と話そう「日本からの発言」 Says:

    魔女裁判としての世襲批判…

    「世襲よりひどい不公平」について
     世襲議員は現在、全部で118人(自民92人・民主17人・無所属9人)いる。これが批判のヤリ玉にあがって、新聞やテレビが騒いでいるのだ (more…)

  4. 平野慶次 Says:

    太田さん

     いつも精力的な書き込みに敬意を表したいです。

     議員の世襲についてのご意見なるほど!なるほど!と頷きながら読ませて貰いました。

     大体、選挙時の肩書というか意思表明としての、「00党推薦」とか「00党公認」とかがあるわけで、当選後に党派を変更すること自体が問題ですね。名古屋の末広真紀子議員が、訴訟を起こされていたような記憶があります。正に背任行為でしょう。

     それを禁止する方がまっとうだと考えています。

     ではでは

  5. 関係性 Says:

    レジーム・シフト理論…

     6月26日に「市場への投網」を書いた。
    都会育ちで、消費財としての魚しか知らない私にとって、海の資源をどう見るのかはとても興味がある。
     普段から食べ物でないモノを商 (more…)

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