熊本県知事選〜議会多数派という「民意」に挑むもうひとつの「民意」とは何か
同市では昨年3月以降、在日米軍再編に伴う岩国基地への空母艦載機移転問題で、移転に絡む補助金の代わりに特例債を充てる市長提出の予算案を市議会が4度に渡り否決。補助金分(約35億円)の財源のめどが立たないまま、新市庁舎は完成に近づいているという異例の事態に陥り、移転反対を貫く井原勝介市長と市議会で多数を占める移転容認派市議との間で激しい対立が続いていました。この局面で「井原勝介市長が辞職を決断したのは、移転容認派が約3分の2を占める市議会との対立を打開するには出直し市長選で勝利し、『民意』を旗印に市議会を押し切るしかないと考えたから」です(朝日新聞2007年12月27日)。
いま、私は、今春早々にある熊本県知事選の候補者選定問題(参照:平和への結集第2ブログ「熊本県知事選に関して現時点での情報整理〜川辺川ダム反対の立場から」12月21日付、http://unitingforpeace.seesaa.net/article/73923140.html)について述べようと思っているのですが、その問題と上記の「岩国市長辞職、出直し選挙」の問題とどのような関連があるのか。私は、潮谷知事が3選不出馬を決めた大きな要因になったとされる川辺川ダム建設問題への知事の対応に対する自民党の知事批判(熊本日日新聞、2007年12月5日)、そこに見られる首長と議会多数派との関係に、〈地域性〉と〈「ダム」と「基地」〉という事象の違いを超えた両者の相似性を見るのです。
また同時に、市長反対派が約3分の2を占める市議会においても、米空母艦載機移転に断固反対する姿勢を貫いている井原市長と、県議会定数49名のうちダム推進派の自民党が33名という「議会力学」のゆえに「県が提唱した住民討論集会などで推進・反対両派の議論を巻き起こしながら、最後まで結論を出さなかった潮谷知事」(朝日新聞西部版 2007年12月16日)との違いを見るのです。
潮谷県政について、「議会で推進側が圧倒的多数を占める中で、態度を明らかにすることはつぶされることにつながりかねない」「『ダム建設推進の立場』の自民・公明の推薦を主な要因にして当選したにもかかわらず、その自民・公明の反発を受けながらも川辺川ダム問題では最後まで『中立』的な姿勢を貫いたことは評価すべき」という声が少なくないことを私は承知しています。むしろ、熊本県内ではそういう声の方が多いかもしれません。
しかし、私は、上記の声の半面は支持しますが、もう半面は支持できません。支持できる半面の部分は、福島前知事の「建設推進」の姿勢を「中立」に転換し、その志を持続したこと。また、住民討論集会の開催を提案するなど住民自治を尊重したこと、です。支持できないもう半面の部分は、知事就任2期7年8カ月の間、「中立の持続」から遂に一歩も出ようとしなかったこと。すなわちダム建設中止の決断を最後までしなかったこと、です。
知事、また市長反対派が約3分の2を占める県議会、市議会にあって、すなわち潮谷県政での議会とほぼ同じ状況下にあっても、「民意」を背景に「ダム建設NO」「移転NO」を決断し、議会多数派と真っ向対決する姿勢を崩さなかった(崩さない)田中前長野県知事や井原岩国市長の姿勢と比べて、潮谷知事の姿勢はやはりずいぶん見劣りがする、といわざるをえません。
上記の潮谷知事の「中立」を支持する声の中には、「三期目ではダム事業の中止という政治判断をされるものと思っていた」(熊本日日新聞 2007年12月5日)という潮谷3期県政への期待感が少なからず含まれていたに違いありません。事実、現在、国交省は、97年の河川法改正に基づき、球磨川水系の新河川整備計画を策定中で、「次期知事には、ダム計画を含む整備計画への賛否を表明する役割が回って」きます(朝日新聞西部版2007年12月16日)。そのときに潮谷知事が「ダムNO」を言ってくれるだろう、という期待感。そうした期待感が潮谷知事を評価する市民の根っことしてあっただろうことは否めません。
しかし、潮谷知事は3選不出馬を表明した記者会見の席で、今後4年間の県としての川辺川行政について「(治水、利水の両面とも)今後四年間で結論が出るか分からない。県として判断を示す状況にな」い(熊本日日新聞 2007年12月7日)、と語っています。潮谷知事の3選が仮にあったとしても、潮谷知事は3期目でも「ダム事業の中止という政治判断」はしなかったでしょう。上記の潮谷知事の記者会見での発言は、その公算の方が高かったであろうことを示しています。
ここで私は潮谷県政批判をしたいのではありません。ここで私が指摘したいのは、「勝つ」ことを最大条件にするあまり、また議会多数派との「折り合い」を重視するあまりに陥りやすい「現実主義」という陥穽についてです。「現実を重視する」といえば聞こえはいいのですが、その「現実主義」は往往にして近視眼的になりやすいという病弊を持っています。自分の視力が視界の狭いことを忘れて、自分の視野に収まる範囲内だけが「現実」であると錯誤し、自分の視野外のほんとうはそう遠くないところに近在するはずの「現実」を見損なう、という病弊です。
この点を今春の熊本県知事選の候補者選考問題、あるいは潮谷県政の議会対策という「現実」に即して見れば、熊本県が保守王国(自民党系議員が多い)であるという一面の「現実」、つまりは政党得票数の計算に目を奪われて、自分のすぐ近くにあるはずの、そして、自分もそのひとりであるはずの「民意」の存在に目(視野)が届かない。「民意」しだいでは1が10になりうるということ、また、10が1に転落することもありうるということに思いが到らない、ということがありはしないか?
上記で紹介したように、在日米軍再編に伴う岩国基地への空母艦載機移転問題で移転反対の市長と移転容認派が約3分の2を占める市議会との対立が続いている岩国市では、2年前に市長が「民意」を問う手段として住民投票の実施を決断した結果、移転容認派のさまざまな妨害行為にもかかわらず、空母艦載機受け入れに反対が43,433票と、賛成の5,369票を大きく上回っただけでなく、当日有資格者全体の過半数を占める「民意」が示される、ということがありました。
その後にあった合併後初の岩国市長選挙においても井原旧岩国市長は、保守系の多い岩国で、移転容認派の自民党推薦の新人候補を破り当選しました。今春早々、岩国では三度住民の「民意」を聞くための市長選が争われます。これまで二度の「民意」は井原勝介市長(移転反対)側に軍配をあげています。
長野県でも2000年の知事選のとき、共産党以外の県議会議員や農協や建設業団体など多くの業界団体の支持を得て当選確実だと見られていた前知事後継の候補者を破って草の根選挙に徹した田中康夫氏が当選しました。県議会の8割近くが反田中で結束し、知事不信任決議を可決した後の2002年9月の県知事選挙でも、田中氏は圧倒的な得票差をつけて県知事に再任されました。
嘉田由紀子氏が滋賀県知事に当選したときもそうです。嘉田氏は孤立無援・無党派(わずかに社民党だけの支持)であったにもかかわらず、自民、民主、公明の推薦を受けて当選確実だと見られていた現職の国松善次氏を3万余票の差をつけて破りました。これも「民意」の力だったというべきでしょう。
5年前の大分県知事選のときもそうでした。まったく無名の新人候補が、自民党、公明党、連合大分など600を超える団体からの推薦をとりつけて圧勝と思われていた前知事後継候補を約26,000票差の僅差まで追い上げるという「無党派の風」が吹いたのです。
2002年の尼崎市長選挙、熊本市長選挙のときもそうです。自民党、公明党など大政党の推薦を取り付け、業界団体や連合などの支援も得て当選確実だと見られていた現職候補を破り、それぞれ白井文氏、幸山政史氏が当選しました。
■参考:無党派という選択 衝撃 尼崎市長選(神戸新聞)
http://www.kobe-np.co.jp/rensai/amayor/index.html
私たちは「民意」の力、「無党派」の風というものをもう一度再考してみる必要があるのではないでしょうか。この問題は、今春の熊本県知事選の候補者選考問題とも決して無関係ではないだろうと私は思うのです。「民意」を抜きにして候補者選考は成立しないはずだからです。仮に「民意」抜きの候補者選考が成立したとしても、有権者は「民意」抜きの候補者に投票しないでしょう。私たち市民は「民意」という力を持っているのです。私たちの「声」には力があるのです。ですから、力の限り声を張り上げようではありませんか。「(自民・民主の)『相乗り』反対、ダム建設NO」と。
東本高志
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