都知事を投げ捨てた石原慎太郎と国政の構図

10月 28th, 2012 Posted by sa104927 @ 18:06:15
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四回の都知事選の様子を振り返ると、石原慎太郎は、後出しジャンケンがうまい。

それにしても、都知事選に次点の候補者に倍近い得票を得てきた石原慎太郎の独特な得票支持のさきがけは、まだ若い頃に参院選の全国区に出馬して、数百万票という驚くべき得票を獲得してトップ当選によって、「石原慎太郎神話」が形成された。私は、実弟の石原裕次郎の国民的な人気が最大の要因と考えている。「真面目にガリ勉」して有名大学をめざしていた慎太郎は、芸能界に入る前から軟派として遊びまわっていた弟に、ひそかな劣等感を抱いていたことを活字に記したことがある。弟裕次郎と弟が属する湘南の中流家庭で経済的余裕も遊び回っても何ら自分の進路や就職に困ることのない道楽息子たち。その風俗を小説に形象化した石原慎太郎が描いた「太陽の季節」世代こそ、その後も作家石原慎太郎に共感をもち、ヒーロー視した。石原裕次郎のプロダクションは、「石原軍団」と呼ばれてきたが、毎回の石原一族の選挙には大衆受けした裕次郎人気便乗した「石原軍団」が選挙の実働部隊として応援してきた。後に石原慎太郎が都知事選に立候補した時も、石原自身のポピュリズムとともに、石原裕次郎フアンの後押しも選挙の「空気」を左右してきた。 高度経済成長期に入り、大衆社会現象が開始され、戦後直後の労働運動の激しい攻防が朝鮮戦争やレッド・パージ、日本共産党の極左冒険主義、六全協などによって、戦後日本社会の風景は変わってくる。

若い世代にはあまり知られていないかも知れないが、六〇年安保闘争の際に、大江健三郎、江藤淳、谷川俊太郎、寺山修司、浅利慶太、永六輔、黛敏郎、福田善之ら若手文化人らと「若い日本の会」を結成し、六〇年安保に反対した。石原は、一橋大学でも進歩派の南博教授のゼミに所属していた。おそらく石原が都知事選でも国政選挙でも圧倒的な得票を得る背景に、左翼的な心情を一応はわかることが、なんらかの力学として作用しているものと思える。

高度経済成長は、同時に日本国民の私生活主義を満足させていった。社会意識は多様化されて、戦後政治が政党乱立を経てから、保守陣営の自由党と民主党の合同による自民党の誕生と、それに先立ち左派社会党と右派社会党の合同による統一した社会党の誕生により、二大政党(実際の政党の規模は、一と二分の一政党)の時代が中心となった。日本共産党は、政治意識的には労働運動家や知識人、学生達に根強い支持基盤をもってはいたものの、毎回の国政選挙では自社二大政党の後塵を拝する少数政党であった。社会党から民社党が分かれ、支持母体の創価学会を土台にした公明選挙同盟が公明党として成立した。政党多党化時代に入ったとマスコミは伝えた。  石原慎太郎は、六〇年安保の敗北の頃からしだいに右派的色彩を強めて、参議院議員となってからは、最初は中曽根康弘の派閥にいた。極右改憲の政治信条に共鳴するものがあったのだろうか。しかし、石原はしばらくして福田赳夫派に転じた。岸派を継承した福田派には、右派政治家が多かったが、その政治的主張は合理的保守派で、観念的空想的なタカ派の中曽根氏と異なる。

さて、このように戦後政治史の流れを俯瞰したのは、石原慎太郎の背景を知るためであった。石原慎太郎は、1960〜70年代の革新自治体誕生の政治の季節で、東京都知事となった労農派経済学者の美濃部亮吉と選挙戦で闘うこととなる。美濃部都政の三期目に挑戦したが、美濃部都知事を破ることはできなかった。三期目に挑戦して敗北した石原慎太郎は、敗北の弁をこう語り、それを読んだ私はいまだに記憶している。 「東京にファシズムが台頭したなら、その時私は再び立つ」。これは石原慎太郎の演説である。
1975年頃から始まった保守化の時代、独占資本は「企業社会化」を進めていく。労働者は右傾化し、革新自治体も京都、東京、名古屋、大阪、沖縄と敗北していく。

いま二十一世紀に入り十年以上を超えた。国政は、野田民主党と安倍自民・公明党とが次の政権を争う形勢にある。堺屋太一が財界とアメリカ政府の隠れた要望を背景に、橋下徹を持ち上げ続けて、「維新の会」を立ち上げる。しかし、橋下徹のあまりの無茶苦茶さに維新の会に加わった国会議員や政策立ち上げの応援者たちも、政策や言動の無責任な首尾「不」一貫と冷静な政治家とは無縁な感情的な思いつき発言の脈絡のなさなど、しだいにマスコミを煽った橋下ブームの演出そのものが破綻をきたした。政府民主党もだめ、自公もだめ、そうして画策した橋下維新の会も地金が露出してしまった。一方、「国民の生活が第一」を率いる小沢一郎は、ドイツを訪れて原発廃止した様子を丹念に調べてまわり、国政選挙に取り組む政策の土台形成の本物をうかがわせた。小沢は、中小野党とオリープの木に擬した政治連合を構想している。

そこに唐突に都知事の仕事を無責任に投げ捨てて、石原慎太郎は、「オリーブの木」と言い出した。財界やアメリカ政府など陰の支配層は、野田民主もだめ、安倍自民も世論を得られず、橋下維新の会は一時のブームは消え去り、といった現状に危機感を抱いている。そこで出てきたのがアメリカのCIAの要員と言われたこともある石原慎太郎の全く突然の国政復帰宣言である。自民党幹事長だった長男石原伸晃が、総裁選に出馬し落選したことも石原慎太郎の背中を押した節が見られるという説もある。

本来なら、日本共産党や社民党を軸に、左翼以外の野党を結集して

、『国政選挙にファシズムを通すな!!』
のスローガンのもとに、反野田民主・反自公・反維新・反石原新党のもとに勢力結集をはかるべきである。日本共産党は、小沢一郎を今も金権政治家と決めつけている節が見られる。政府の厚労省の局長さえ、冤罪で不当逮捕される時代である。かりに小沢一郎を危険視するにしても、政界の勢力図を見れば、小沢が親ファシズムか、反ファシズムか、どちらの側に軸足を置いているのかを見れば、一目瞭然である。国民は、多くの失望をいだきながらも、真に民衆のことを考えている政治家たちが結集してなにをか目指そうとしているならば、惜しみなく応援する。その点ではかつての日本共産党の指導者だった宮本顕治の卓越した情勢把握と対応策、上田耕一郎の民衆の心情を理解した寛容な政治的指導は、いまの日本共産党指導部に求められている両面である。共産党や社民党が今までのような選挙方針で闘うなら、壊滅的敗北は目に見えている。そのときに、石原一党と安倍自民が選挙に勝利し、民主党の惨敗に続く共社の敗北は確定的となる。小生が考える唯一の対案は、「国民の生活が第一」を軸として、自民や維新の会以外の野党共闘を くむこと、そしてその共闘は選挙区と比例区で棲み分けて、小選挙区制度の現段階の選挙区においては、バーターで当選可能な野党候補を押し出し共闘して闘うことだ。比例区はそれぞれの政党に一任して、戦い抜くこと。
もはや国政選挙は、間近の都知事選から開始されている。

櫻井 智志

1票の格差とは何か

10月 22nd, 2012 Posted by MITSU_OHTA @ 2:48:53
under 選挙制度 , 定数配分の格差(1票の格差) No Comments 

(1) 2010年参院選の定数配分について最高裁が違憲状態の判決――裁判官の裁量を越える個別意見「議員定数削減の流れの中で…」/選挙制度の目的を逸脱した個別意見「選挙制度の仕組みの基本となる理念や政策的目的…」
(2) 「1人1票」は「選挙区間1票格差」を解消しても実現しない(「一票の実質的価値」の差異は、「選挙区間1票格差」より「生票・死票間1票格差」にある)――小選挙区間の1票格差は<投票者>の<1票の実質的価値>の差異というより、<都道府県>などに配分される議席数の格差、すなわち<地域代表性>の格差である
(3) 1票格差を解消するには、議員1人の当選に要する票数をあらかじめ設定すればよい
(4) 選挙制度による格差が憲法審査会に持ち込まれた――民意とずれのある国会で改憲発議をしても恥ずかしくないのか
(5) 格差をさらに拡大する定数削減――身切り論=定数削減神話「消費税増税に反対の民意を国会から追い出すので消費税増税を了解してくれ」
 
 

(1) 2010年参院選の定数配分について最高裁が違憲状態の判決――裁判官の裁量を越える個別意見「議員定数削減の流れの中で…」/選挙制度の目的を逸脱した個別意見「選挙制度の仕組みの基本となる理念や政策的目的…」

今回が初めてではないが、衆議院に続いて参議院の選挙でも定数配分について最高裁から違憲状態の判決が出た。違憲状態だとか冷温停止状態だとか、日本では曖昧な言葉が多いが、ともかく原告の長い努力の末、1票格差に関心が集まり出した。

平成23年(行ツ)第64号 選挙無効請求事件
平成24年10月17日 大法廷判決
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20121017181207.pdf
「1票の格差」訴訟 上告審判決の要旨  :日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG1704J_X11C12A0CR8000/?nbm=DGXNASDG1703R_X11C12A0MM8000

ただ、道のりはまだまだ長いという感がある。判決はあくまで「選挙区間1票格差」に言及したものであって、死票と生票の間の格差を是正するように求めたわけではない。

選挙区間1票格差が憲法で規定された投票価値の平等性に反するというなら、論理必然的にそれより重大な死票・生票間格差の是正こそが真っ先に求められ、それを通じて選挙区間1票格差を是正するのが自然であるが、判決の重みを盛んに主張するメディアは、格差の本丸にほとんど目を向けない。

定数判決―参院のあり方論ずる時
http://digital.asahi.com/20121018/pages/shasetsu.html
【主張】「違憲状態」判決 衆参とも急ぎ格差是正を
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/121018/trl12101803130001-n1.htm
社説:参院選「違憲状態」 抜本改革を突きつけた− 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/opinion/news/20121018k0000m070132000c.html
参院1票の格差 抜本改革へ最高裁の強い警告 : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20121017-OYT1T01507.htm?from=ylist
東京新聞:一票の格差 平等の実現に早く動け:社説・コラム(TOKYO Web)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012101802000113.html

メディアは自ら選挙制度改正案を提案することで、国会議員の「怠慢」を正すという選択肢もあるはずだが、最近では民主党が格差是正で足を引っ張っている、と主張するところもある。

社説:1票の格差放置 怠慢にもほどがある (毎日新聞、2012年06月03日)
http://mainichi.jp/opinion/news/20120603k0000m070088000c.html
「『1票の格差』是正と定数の大幅削減、選挙制度見直しの3点を同時決着させるのは各党の思惑が絡んで不可能に近い。それはこれまでの協議で明らかなはずだ。それを承知で持ち出すのはなぜか。」
質問なるほドリ:選挙制度改革、なぜもめるの?=回答・野口武則(毎日新聞、2012年08月17日)
http://mainichi.jp/opinion/news/20120817ddm003070099000c.html
「Q 今回のように抜本改革や定数削減までやろうとしたら、もめるだけだよね。」

それでいて、公明党の井上義久幹事長が違憲状態で選挙を行ってもやむを得ないという主旨の発言をしても、批判することはない。

衆院選挙制度改革:0増5減先行 民主・公明が柔軟姿勢 (毎日新聞、2012年10月15日)
http://mainichi.jp/select/news/20121015k0000e010112000c.html
「井上氏は『国の現状を考えると、衆院解散を優先してしかるべきだ。やむを得ない』と述べ、次期衆院選を最高裁が指摘する違憲状態で実施することもやむを得ないとの考えを示した。」

今回の最高裁判決は「都道府県を単位として各選挙区の定数を設定する現行の方式をしかるべき形で改めるなど、現行選挙制度の仕組み自体の見直し」という表現で、選挙制度の仕組みの見直しを求めてはいるが、区割りを問題にする程度で、選挙制度の本質的な改正を想定しているようには思えない。

それどころか、最高裁判決では、いとも安易に「総定数を増やす方法をとるのにも制約」があると意見表明し、個別意見では、金築誠志裁判官が「議員定数削減の流れの中で、選挙区選出議員の総数を増加させることは考え難く」と述べ、あたかも定数削減が既定路線のようにとらえている。この見解表明は裁判官の裁量を越えている。定数削減が1票格差と本質的に関連していることを認識していないらしいことも深刻である。

竹内行夫裁判官にいたっては、「参院議員選挙制度の仕組みを検討するに当たっては、参院のあり方にふさわしい選挙制度の仕組みの基本となる理念や政策的目的などを国民に速やかに提示し、具体的な検討を行うことが強く望まれる。」とし、相変わらず選挙制度を「政策的目的」で規定しようとする発想を判決意見の中で表明するという不見識ぶりである。

選挙制度は主権者の平等な主権を保障するための制度であって、政権交代しやすくするとか、二大政党制に誘導するとかの政治的目的で歪めてはならない。
 
 

(2) 「1人1票」は「選挙区間1票格差」を解消しても実現しない(「一票の実質的価値」の差異は、「選挙区間1票格差」より「生票・死票間1票格差」にある)――小選挙区間の1票格差は<投票者>の<1票の実質的価値>の差異というより、<都道府県>などに配分される議席数の格差、すなわち<地域代表性>の格差である

日経は1票格差について「有権者が多い選挙区ほど1票の価値は小さくなり、逆に少ないほど価値は大きくなる」と解説するが、この命題は限定条件の下でしか成立しない。

「1票の格差」何が問題? 有権者の平等損なう 選挙制度、国会に裁量権 :日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGKDASDC17008_X11C12A0EA1000/
Q 「1票の格差」とはどのような問題か。
A 選出される議員1人当たりの有権者数が選挙区によって異なることから、有権者の1票の重みに不平等が生じることを指す。有権者が多い選挙区ほど1票の価値は小さくなり、逆に少ないほど価値は大きくなる。

2つの小選挙区で有権者数がまったく同じであったとしても、一方の選挙区で当選得票数が10万票、別の選挙区で落選得票数が20万票のような場合があり得る。この場合、1票価値が同じであるということはない。「選挙区間1票格差」がなくとも、「1票の実質的価値」に差異は生じ得る。

「ある選挙区Aの1票価値が別の選挙区Bの0.2倍である」などの命題は、選挙区Aの有権者すべてに当てはまるものでなく、限定条件下で、死票ではなく生票を投じた投票者グループにしか当てはまらない。

【「一票の格差」違憲状態】堂々巡り浮かぬ原告 「基準示された」評価も(産経、2012年10月17日)
http://www.sankeibiz.jp/compliance/news/121017/cpb1210172155011-n1.htm
「伊藤真弁護士は地域格差が記載された日本地図を指し示し『あなたは半人前、あなたは0.2人前と言われ、腹が立たない人がいますか?』」

選挙区Aの<有権者>すべての1票価値が選挙区Bの<有権者>すべての1票価値と比べ等しく0.2倍なのではなく、投票率が両選挙区で同じ場合に、あくまで生票を投じた<投票者>を両選挙区で比べ、選挙区Aの<投票者>は選挙区Bの<投票者>と比べ、議員1人を当選させるのに5倍の票を必要とするということを意味し、死票を投じた有権者に1票価値などまったくなく、0.2倍などの比較は意味を成さないのである。

選挙区間1票格差はあくまで、投票率が両選挙区で同じ場合に、生票を投じた<投票者>グループの間で、議員1人当たりの投票者数を比較した比率としてしか意味を持たない。

東京弁護士会の会長声明にある「一票の実質的価値」の差異は、裁判の対象となった「選挙区間1票格差」そのものより、「生票・死票間1票格差」にこそある。

1票の較差をめぐる最高裁大法廷判決に関する会長声明(2012年10月17日)
http://www.toben.or.jp/message/seimei/
「選挙権は、民主主義の根幹を構成する重要な権利である。一票の実質的価値に明らかな差異が生じることを許容するならば、有権者の意思を公平かつ合理的に立法府に反映させるための平等選挙制度の機能は著しく阻害されることになる。」

「1票の実質的価値」を小選挙区と複数定数区で詳しく考えてみる。

1人区だけの小選挙区制では、「選挙区間1票格差」を是正(区割り変更)しても各選挙区で定数に増減はない。小選挙区制における1票の価値は、どの政党を支持する票かということと、その選挙区における政党支持率を主要な条件として、生か死かのどちらかに決定されてしまう。他選挙区と比べて議員1人当たりの有権者数が多いから1票の実質的価値が小さくなる、ということではない。

中選挙区制・大選挙区制では、議員1人当たりの有権者数が少なくなる、あるいは定数が増えれば、名目的に「選挙区間1票価値」が高まるだけでなく、より多くの投票者の票が生票となる確率が高まると同時に、より少ない票数で生票になる確率が高くなるので、実質的にも「選挙区間1票価値」が高まる。

有権者数100万人(20万人 x 5)に定数5の中選挙区aと、有権者数20万人に定数1の小選挙区bでは、「選挙区間1票価値」は同じとされる。有権者数10万人に定数1の小選挙区cは、前2者より「選挙区間1票価値」は高いとされる。

しかし、少数政党の候補は小選挙区で当選しにくいから、少数政党の支持者にとって、小選挙区cの高い「1票価値」は実際的価値が低く、「1票価値」の低い中選挙区aの方がありがたい。小選挙区と複数定数区の間で選挙区間1票格差を比較しても「実質的価値」を比較することはできない。

現在の1票格差論が問題にしているのは、必ずしも<投票者>の<1票の実質的価値>の差異ではなく、小選挙区の場合は<都道府県>など(小選挙区より大きい範囲)に配分される議席数の格差、すなわち<地域代表性>の格差に他ならない。もっとも、小選挙区制で当選した議員は多数を代表するとは限らないので(コンドルセのパラドックス)、その地域を代表する保証はない。

コンドルセのパラドックス
http://kaze.fm/wordpress/?p=215#8

例えば、島根県や神奈川県の間で「選挙区間1票格差」がある場合は地域代表性の格差があると言えるが、各県内の小選挙区の間だけで「選挙区間1票格差」があっても、両県の間に「1票格差」がない場合、「地域」の定義を都道府県とすれば、地域代表性の格差はないことになる。

「1票価値」が島根1区で1.5、島根2区で0.5、神奈川1区で1.5、神奈川2区で0.5だとする。島根1区の「1票価値」は神奈川2区のそれよりが3倍高いとされるが、両県の1区、2区全体でみれば、議席配分数は両県でまったくのお相子となる。「1票価値」が3倍だからといって、議員を3倍選出できるわけではない。どの選挙区も1人を選出する。

小選挙区制では民主や自民などの大政党しか当選しないから、「選挙区間1票格差」の是正は大政党支持者にとってしか意味がなく、大政党の議席をある都道府県から別の都道府県に移動させるくらいにしかならない。

<有権者>には「1票価値」がゼロの死票を投票する<投票者>も含まれるから、議員1人当たりの有権者数で「1票格差」を比較することがそもそも間違い。議員1人当たりの<投票者>数を比較しなければ、「1票の実質的価値」を比較することはできない。

小選挙区制は、1つの選挙区で30%が生票に、残り70%が死票になるというような格差を認めるものである。こうした致命的な生票・死票間1票格差を放置して、選挙区間1票格差ないし地域代表性格差だけを是正すればよいというものではない。
 
 

(3) 1票格差を解消するには、議員1人の当選に要する票数をあらかじめ設定すればよい

1票格差を解消するには、議員1人の当選に要する票数をあらかじめ設定し、死票を生票に生かす仕組みを作ればよい。また政党候補と無所属候補の間の格差も解消する必要がある。

電子投票システムなどを使って何日もかければそれは実現するが、そんな手間をかけていられないというなら、近似的な制度を作るしかない。

中選挙区比例代表併用制を提案する
http://kaze.fm/wordpress/?p=164
 
 

(4) 選挙制度による格差が憲法審査会に持ち込まれた――民意とずれのある国会で改憲発議をしても恥ずかしくないのか

衆参で既に憲法審査会の委員と会長が選出されている。委員は各会派の議席占有率に応じて配分されるので、小選挙区制を中心とする選挙制度の歪みがしっかり審査会にも受け継がれているのである。

衆院でみると、各党における憲法審査会の委員占有率と2009衆院選の比例区得票率はそれぞれ、民主で64%、42.4%、自民で24%、26.7%、公明で4%、11.5%、共産で2%、7.0%などとなっており、民意とのずれが大きい。

「選挙区間1票格差」の是正は主張されても、改憲過程における格差の重大性はあまり深刻に語られない。日本維新の会などは「維新八策」で「1票格差」の是正策も新選挙制度案もまったく提案していない。民意とずれのある国会で改憲発議をしても恥ずかしくないのだろうか。
 
 

(5) 格差をさらに拡大する定数削減――身切り論=定数削減神話「消費税増税に反対の民意を国会から追い出すので消費税増税を了解してくれ」

原発安全神話は崩れても定数削減神話は健在だ。神話というより信じているふりだと思うが。国会議員は機会あるごとに国会議員定数の削減に努める考えを述べている。

消費税増税という負担を国民にお願いする前に、国会議員自らが身を切り、血を流してみせる必要があるのだという。辺野古新基地やオスプレイという負担を沖縄に押し付ける前に国会議員が身を切るべきだ、血を流すべきだ、などとは主張しないが。

民主党が主張しているように衆院の比例区定数を80削減すれば、1票格差はさらに拡大する。

2010参院選の結果を基に、比例区定数を80削減した場合の衆院比例区選挙をシミュレーションすると、社民党議員1人の当選に要する票数は、民主党議員1人の当選に要する票数の4.98倍となる。「選挙区間1票格差」論で問題にしている2倍どころではない。比例区定数を削減しても民主党は身を切ることはできないが、身を肥やすことならできる。

2010参院選――結果分析
1. 定数が100に削減された場合の衆院比例区選挙シミュレーション
http://kaze.fm/wordpress/?p=309#2010e1

民主党などの身切り論は、消費税増税、辺野古新基地建設、オスプレイ配備、原発維持などを主張していない他党を国会から追い出し、真逆の政策を支持している有権者の意見を切り捨てるから、それらの政策に了解願います、というものである。一体どういう論理と心理と礼節なのか。

消費税増税などを主張する政党のみが身を切るべきだ、あるいはキャバクラ代(自民党の安倍晋三総裁が支部長を務める自民党山口県第4選挙区支部)、温泉代、ヘアーメーク代などを政治資金で支払っている政党に対する政党助成金を減額すべきだ、いうならまだ理解できる。

国民負担と引き換えに国会議員が身を切るのであれば、国会議員の身は3・11後に一片も残っていないのではないか。福島原発事故の被害者は身を切り、血を流した。原発を維持しようという政党・議員こそ身を切るべきである。

日々、現役議員の引退が伝えられている。民主党などは新人議員の立候補者数を減らせば現役議員の椅子が減ることはないのだから、民主党が主張する程度の議員定数を削減したところで、そもそも身を切る、血を流すことなどできない。

2010参院選――結果分析
4. 定数削減でも身の切りようがない
http://kaze.fm/wordpress/?p=309#2010e4

国会議員が本当に身を切りたいのなら、選挙制度改革を主権者主導の枠組みに委ねたらどうか。
 
 
太田光征

二大政党制をあきらめない?

10月 20th, 2012 Posted by MITSU_OHTA @ 21:06:58
under 選挙制度 No Comments 

朝日新聞が10月19日付のインタビュー「二大政党制をあきらめない」で、豊永郁子氏の見解を紹介している。

朝日新聞デジタル:豊永郁子さんに聞く二大政党制(全文を読むには会員登録が必要)
http://www.asahi.com/news/intro/TKY201210180752.html

豊永氏は冒頭、インタビュアーから「政権交代の成果に心底がっかりしている人が多いと思います」とふられ、「中東の春」などのように血を流さずに政権交代を成し遂げた日本の例を「実はすごいこと」と評価し、政権交代のプロセスを比較するが、日本における成果については言及していない。

「そうは言っても、政権交代のメリットがあまり実感できません」と迫られると、旧政権との比較で「大震災や原発事故での自らの失策や迷走について、驚くほど正直」だった点をメリット(?)として挙げる。原子力ムラのトップが委員長に収まった原子力規制委員会の例などをみても、私としては納得できない認識だが。

さらに豊永氏は「93年に政権交代が起こってからは、民主主義に起こりがちな問題は指摘されても、民主主義であること自体は問われなくなった。政治体制という大きな枠組みから見れば、日本は90年代までとは別の国になった」とみている。一般的な民主主義ニーズからして何らかの進化があるのは当然といえる。論点としてはその要因が特定の政党制とか選挙制度にあるかどうかにある。

「長い目で見れば、日本の政治は着実に進化している、と」と確認を迫られ、「そう思います。今の民主党に政権を担う力量はない。それでも政権交代があったことは良かったし、二大政党制的な政権交代のシステムを早期に確立するのが次の課題です」と述べている。いきなり「二大政党制的な政権交代のシステム」の必要性が主張されるが、その理由が見当たらない。

中選挙区制や多党制については、「望ましい政党制をつくるために政界再編をしたり選挙制度をさらにいじったり、という議論にはもう飽き飽きです。安定した多党制は自然に『二大勢力間の競争』という形をとる。二大政党制と多党制の間に本質的な違いはありません」というのが豊永氏の考えだ。

望ましい政党制をつくるための選挙制度論議に反対するという点に私も同意するが、それは議論に飽き飽きしたからではなく、選挙制度は主権者の平等な主権を保障するためにあるのであって、何らかの政治的構想を実現する手段ではないからである。平等な主権を保障するための選挙制度論議が今こそ必要である。

私は、参議院議長も経験したことのある某政治家の事務所に選挙制度改正で話をしたいと申し入れても、市民とは話をしない、とあからさまに言われた。これが現在の二大政党の実態である。民主的な選挙制度を創出するための国民的熟議など一度も行われていない。私は飽き飽きするどころか、議論のないことに辟易している。

「安定した多党制は自然に『二大勢力間の競争』という形をとる。二大政党制と多党制の間に本質的な違いはありません」――こんな歴史的事実があるのだろうか。それなら豊永氏にとって多党制でもよさそうなものだが、「今さら多党制を持ち出すのは周回遅れ」と言う。

さらに豊永氏は「二大政党制的な政治システムにも、法律を補うインフォーマルなルールが必要」として、消費税増税に関する民自公3党合意の成立後に、3党合意を批判している首相問責決議案に自民が賛成した点を、「合意の試みはインフォーマルなルールを作るチャンスでしたが、政治家たちは、その可能性を見事につぶしてしまった」と批判する。

豊永氏が批判しているのは、民意に反する民自公合意というインフォーマル談合ではなく、インフォーマルルール構築の機会を逃した点だ。倒錯している。

そして豊永氏は、二大政党制的モデルに理論的基盤を与えたのがシュンペーターで、彼が「民意」を根底から疑っていることを紹介している。豊永氏も同じ見解なのだろうか。

豊永氏によれば、シュンペーターにとって「政策に関する共通意思など存在せず、個人の合理的な判断も国レベルの政策にまではおよばない。でも、人々には政策は分からなくても人を見る目はある。選挙の主な目的は政策ではなく、政権を担う政治家を選ばせること」なのだそうだ。

シュンペーター(〜1950年)の時代と比べ、現在ははるかに民主主義コミュニケーションが容易になっている。しかし、政府は3.11後、原子力エネルギー政策をめぐって、論点から放射線による健康影響などを除外して、パブリックコメント募集や熟議世論調査を形ばかり行って、それに基づいて(?)「革新的エネルギー・環境戦略」を決定し、最終的に同戦略を不断に見直す、つまり反故にする閣議決定を次期政権への贈り物として残した。

民意がないのでもなく、個人が国政について合理的な判断ができないのでもなく、権力が民意を無視するという、フォーマルな民主主義ルールの未確立が続いているだけだ。インフォーマルルールどころではない。

私は、民主党が3.11後に早くも、通常国会で衆議院比例区定数の80削減を実現すると改めて公言し、原発を押し付けてきた差別に加え、脱原発少数政党に投じる1票の価値をさらに減じるという――「選挙区間1票の格差」との違いの重みを考えてもらいたい――さらなる差別を原発事故被害者に押し付けようとしている政治状況を真っ先に問題視するが、豊永氏は日本の民主主義状況を象徴する3.11後の政治過程をどのように評価しているのだろう。

米軍基地の沖縄への押し付け差別と合わせ、「差別の解消が第一」に照らして政治を反省する過程が、3.11後に一斉に開始されるべきだったのである。

『サッチャリズムの世紀――作用の政治学へ』(創文社、1998年)、『新保守主義の作用――中曽根・ブレア・ブッシュと政治の変容』(勁草書房、2008年)を著している豊永氏が、悠長に「(二大政党制を)見限るのは早過ぎる。まだまだ幸せになる努力が足りない」と主張する「政治展望」は、現実の政治被害者にとってあまりありがたい言葉ではない

朝日新聞は脱原発寄り人物の主張をシリーズ記事などで盛んに紹介するが、こうした主張を大元で葬り去る二大政党制と小選挙区制に本質的な批判を加えようとはしない。豊永氏も最後に、放射能汚染の実態について押し黙る風潮、被災地における「絆」の強調などに対して懸念を表明しているが、二大政党制に固執し、朝日と相似する。

豊永氏にしても朝日にしても、二大政党制という悠長な展望ばかりでなく、現実の政治被害者にとっての民主主義という視点で語ってほしい。
 
 
太田光征

【参考】

日本のテレビ局はなぜ反原発の動きを報じ損ねたのか?(金平茂紀)
http://www.asahi.com/digital/mediareport/TKY201209070270.html

放射性物質汚染対処特措法施行規則の改正案(廃棄物管理基準の緩和)に対するパブリックコメント

10月 4th, 2012 Posted by MITSU_OHTA @ 0:06:53
under 福島原発事故 , パブリックコメント No Comments 

環境省 報道発表資料−平成24年9月4日−放射性物質汚染対処特措法施行規則第二十八条、第三十条及び第三十一条の一部を改正する省令案に対する意見の募集(パブリックコメント)について(お知らせ)
http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=15654

環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部廃棄物対策課御中

「放射性物質汚染対処特措法施行規則第二十八条、第三十条及び第三十一条の一部を改正する省令案に対する意見」

[1] 氏名  太田光征
[2] 住所
[3] メールアドレス otasa@nifty.com
[4] 意見

1.背景?の「事故由来放射性物質(セシウム134・137)の放射能濃度の合計が8,000Bq/kg 以下の廃棄物については、通常行われている処理方法によって、周辺住民、作業者のいずれにとっても安全に処理することが可能であると考えられる」について
(意見の要約)8000Bq/kgという基準に合理的根拠がない。
(理由および根拠)原子炉等規制法に基づくクリアランスレベルは100Bq/kgであり、同法案が議論されていた当時は10Bq/kgにすべきとの見解もあったくらいで、少なくとも100Bq/kgを超える廃棄物は厳重に管理しなければならないとされているのであるから、事故由来放射性廃棄物について100Bq/kgを超える基準を設定すべき根拠はない。

2.要件見直しの考え方(案)?および?の「事故由来放射性物質の放射能濃度が6,400Bq/kg を超える廃棄物が排出されておらず、事故由来放射性物質により一定程度に汚染された廃棄物の多量排出が今後見込まれないと考えられる」について
(意見の要約)「6,400Bq/kg以下」「多量排出が今後見込まれない」の両条件が成立しても放射性物質の環境動態は不明であるから、両条件をもって要件の見直しはできない。
(理由および根拠)6,400Bq/kg以下の廃棄物が少量ずつでも、長年にわたって集積すれば大量になり、その大量になった廃棄物の環境動態が不明であるから、「6,400Bq/kg以下」「多量排出が今後見込まれない」の両条件が同時に満たされるとしても、基準緩和をしてよい理由にならない。

2ページ脚注「天日乾燥は機械による脱水・乾燥に比べて乾燥の期間が長く、昨年生じた汚泥が放射性物質汚染対処特措法施行規則施行後も乾燥汚泥として排出されているためと考えられる」について
(意見の要約)この推定は信頼できず、これに基づく要件見直しも同様。
(理由および根拠)学校プールを昨年除染しても、今年測定すると線量が高くなっている事例が千葉県白井市などで確認されており、砂塵によって放射性物質が供給されたことを意味していると考えられることから、天日乾燥と機械乾燥の違いの原因についてもさらなる検討が必要である。

図2 「特定一廃・特定産廃要件見直し概要」の「廃稲わら」および「廃堆肥」について
(意見の要約)廃稲わらおよび廃堆肥については特別な基準を設けること。
(理由および根拠)廃稲わらおよび廃堆肥などのバイオマスは分解によって容量が激減し、放射性物質濃度が激増するから、バイオマスについての廃棄物基準と無機物についての廃棄物基準が同じでよいはずはなく、バイオマス分解後の放射性物質濃度と環境挙動を考慮しなければならない。

図2の「汚泥」「除染廃棄物」について
(意見の要約)「汚泥」の主成分は土壌であると推定され、同じく土壌を主成分とする「除染廃棄物」と同様に扱うのが合理的。
(理由および根拠)同上。

3ページ脚注および3.その他?の 「公共下水道及び流域下水道の流動床炉から生ずるばいじんについては、溶出率が極めて低いとの知見」について
(意見の要約)同知見は信頼できず、同知見に基づく要件見直しも同様。
(理由および根拠)同知見は極めて限られた時間内での物質挙動に関するものであり、長期間にわたって多様な物質と混合した状態での挙動に関しては不明である。

4.今後の予定の「平成24年10月頃を目途に公布し、速やかに施行する予定」について
(意見の要約)十分な知見が得られるまで、要件の緩和は行わないこと。
(理由および根拠)上述した通り。

「維新八策」こそリセットが必要

9月 6th, 2012 Posted by MITSU_OHTA @ 19:33:19
under 2012年衆議院選挙マニフェスト No Comments 

衆院定数を半減 「維新八策」最終案
http://www.nikkei.com/article/DGXNASHC3103B_R30C12A8000000/?dg=1

pdfはこちら
http://oneosaka.jp/news/120831%20%E7%B6%AD%E6%96%B0%E5%85%AB%E7%AD%96.pdf

コメント(青字)を随時、追加していきます。

政党綱領・マニフェストは、何を盛り込んでいないかということにも重要な意味があります。それをいわば裏維新八策として、維新八策コメントの後に指摘してあります。これも随時追加します。

それにしても、維新八策は経済同友会の提言と本当に似ている。

経済同友会の倒錯した1票格差・選挙制度論
http://unitingforpeace.seesaa.net/article/298745991.html

実現不可能と批判を受けた衆議院定数半減や、選挙で不利とみられる環太平洋経済連携協定(TPP)(交渉)参加などについて表現を変え、維新八策に代わる新たな綱領を作成するという。早くもリセットするということだ。タイトルの通りになった。

石原新党が立ち上がり、日本維新の会と選挙で連携する見通しだ。橋下氏は「原発政策、TPP、消費税の問題、僕と石原都知事の考え方は、対極にあるんじゃないかと言われるが、そうではない」(2012年10月25日、TBS)と語っている。次期「維新八策」は原発維持などを含む石原新党の政策と近くなるだろう。

「橋下氏“石原氏のパワーないとできない”」
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5165166.html

日本再生のためのグレートリセット

これまでの社会システムをリセット、そして再構築

給付型公約から改革型公約ヘ

今の日本、皆さんにリンゴを与えることはできません。リンゴのなる木の土を耕し直します

→経済成長しなければ収入が増えないと言いたいのだろうが、リンゴは既になっている。配分が不公正なだけ。

大阪維新の会

維新が目指す国家像

大阪維新の会の理念は、個人の自由な選択と多様な価値観を認め合う社会を前提に、

・自立する個人

・自立する地域

・自立する国家

を実現することです。

そのためには、国民全員に開かれた機会の平等を出発点として自助、共助、公助の範囲と役割を明確にすること、公助から既得権を排し真の弱者支援に徹すること、そして現役世代を活性化し、世代間の協力関係を再構築することが必要です。

多様な価値観を認めれば認めるほど

決定でき、責任を負う民主主義

決定でき、責任を負う統治機構

を確立しなければなりません。

→マスメディアと一体の「決められない政治」キャンペーン。実態は消費増税など、民主・自民・公明が望む政策だけ民意を無視してサクサク決定する「決められる非民主政治」。維新の狙いは、政治家の民主主義責任を放免して重要法案を人質とした政局政治を許し、国民主権を制限して、特定政治勢力に権限を集中させるということ。「決定でき、責任を負う原子力安全・保安院」を押し付けるようなもので、責任などとらない。大阪維新の会はこの間、福島原発事故の政治責任者の追及をしてきたか。

中央集権と複雑な規制で身動きが取れなくなった旧来の日本型国家運営モデルは、もはや機能せず、弊害の方が目立つようになっています。今の日本を覆う閉塞感を克服し、国民の希望を取り戻すには、国からの上意下達ではなく、地域や個人の創意工夫によって社会全体を活性化し、グローバルな競争力を持つ経済を再構築する必要があります。そのためには国民の総努力が必要です。

→大阪市教育行政基本条例こそ上意下達を体現したもの。世界一の対外債務、国内の個人金融資産1400兆円、企業内部留保300兆円を有する日本の優先課題は、「国民の総努力」などでなく、金持ち・大企業が持つ資産を低所得者に還元する格差解消。

大阪維新の会の理念を実現するために、維新八策を提案する。

1.統治機構の作り直し〜決定でき、責任を負う統治の仕組みへ〜

【理念・実現のための大きな枠組み】

中央集権型国家から地方分権型国家へ

・難問を先送りせず決定できる統治機構

・自治体の自立・責任・切磋琢磨(せっさたくま)

国の役割を絞り込み、人的物的資源を集中させ外交・安全保障・マクロ経済政策など国家機能を強化する

→地方分権といいながら、沖縄に米軍基地を押し付け、米軍基地を全国拡散させる中央政治を聖域化。軍事・外交を中心に無責任な中央政治に地方が物を言えなくする仕組み。橋下市長の脱原発住民投票を拒否する姿勢にもよく表れている。国と地方の役割分担をいうならなおさら、自治体差別立法を抑止するための憲法95条の徹底実現が必要だが、95条に対する言及がまったくない。

・内政は地方・都市の自立的経営に任せる

・国の仕事は国の財布で、地方の仕事は地方の財布で

・倒産のリスクを背負う自治体運営

・国と地方の融合型行政から分離型行政へ

【基本方針】

首相公選制(人気投票的になることを防ぐ方法を措置)

究極の小選挙区制。小選挙区制がコンドルセのパラドックスによって民意を反映しないことも知らず、民主主義を真面目に考えていない証左。

現在の参議院廃止を視野に入れた衆議院優位の強化

→衆議院と参議院が「ねじれ」ていれば決められないのは当たり前とし、政治家の「民意に従う」べき責任を放免するもので、民主主義の深化を意図していない。民意に反してサクサク決定することが責任だとするもの。

首相公選制とバランスのとれた議会制度

→国権の最高機関が国会。主権者の代理たる国会議員の権限を弱体化し、民意を反映しない小選挙区制で選出した首相の権限を強化するもの。

国会の意思決定プロセスの抜本的見直し

→国権の最高機関たる国会、主権者の代理たる国会議員の権限を弱体化する試み。

政府組織設置に関し、法律事項から政令事項へ

→官僚権限の強化。原子力規制委員会人事を政府・官僚だけで決定するようなもの。

道州制を見据え地方自治体の首長が議員を兼職する院を模索(国と地方の協議の場の昇華)

→道州制は自治体の中央集権化で、お殿様志向の非民主的人物が好む体制。首長も選挙制度の名に値しない小選挙区制で選出されるので、全国民を代表する代議士とは程遠い。

条例の上書き権(憲法94条の改正)

→これでは「外交・安全保障・マクロ経済政策の中央集権化」と矛盾しますよ。

地方財政計画制度・地方交付税制度の廃止

消費税の地方税化と地方間財政調整制度

→消費税の是非を抜きにして権限を自分とこに持ってきますよと。消費税収入が多く、橋下さんがお殿様に就く(?)「大阪都」などが覇権を握り、自治体間の対立が激化するだろう。自己中お殿様の力がありがたがられる。第三者的な調整機関なしにどうやって調整する。

・自治体破綻制度の創設

都市間競争に対応できる多様な大都市制度=大阪都構想

→あからさまな大都市優遇制度。小都市はどうなる。

・道州制が最終形

2.財政・行政・政治改革〜スリムで機動的な政府へ〜

【理念・実現のための大きな枠組み】

・役人が普通のビジネス感覚で仕事ができる環境の実現

・簡素、効率的な国会制度、政府組織

・首相が年に100日は海外に行ける国会運営

・持続可能な小さな政府

【基本方針】

・大阪府・市方式の徹底した行財政改革

・外郭団体、特別会計の徹底見直し

・無駄な公共事業の復活阻止

・密室の談合を排した行政プロセスの可視化

・行政のNPO化、バウチャー化→行政サービスの主体を切磋琢磨させる

・国会、政府組織の徹底したICT化

・プライマリーバランス黒字化の目標設定

国民総背番号制の導入

→中央集権化のため。

歳入庁の創設

→国民総背番号制の導入、中央集権化のため。

衆議院の議員数を240人に削減

→国会の民主的機能を貶める「世界に対する恥さらし、国民に対するポピュリズム宣言」。
→東京新聞が分かりやすく指摘している。政府に議員(現在、与党から74人)を入れると、与党の国会議員が足りなくなる。

・議員スタッフ機能の強化

歳費その他の経費の3割削減

→現在の歳費の多くが政策経費に使われている。歳費を個人所得分と政策経費分に分けるべき。

企業・団体献金の禁止、政治資金規正法の抜本改革(全ての領収書を公開)

→橋下市長は選挙資金として企業献金を受けると公約。早くも民主党批判できない立場に。

橋下市長 “企業献金受けとる”早くも「維新八策」と食い違い
http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiappeal/archives/17373212.html

→政治資金パーティー券の企業・団体への販売は容認、という大矛盾ぶり。パーティー券は、電力会社が74年に「公共事業を行う会社としてふさわしくない」として企業献金廃止を宣言した後も、政党に影響を与えてきた手段。
企業・団体献金受け取らず=日本維新、規約に明記−橋下氏(2012/09/19)
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012091901100

→松井一郎幹事長が早くも政治資金規正法違反で告発された。松井氏が大阪府会議員時代に元秘書の給与相当分を松井氏が社長の電気工事会社「大通」から支払っていたか、同社から同秘書の派遣を無償で受けていたが、政治資金報告書に不記載である点が同法違反であるというもの。
松井府知事 違法献金発覚!(日刊ゲンダイ)
http://www.asyura2.com/12/senkyo137/msg/646.html
上脇博之 ある憲法研究者の情報発信の場 : 「日本維新の会」幹事長・松井一郎大阪府知事らを政治資金規正法違反容疑で刑事告発!
http://blog.livedoor.jp/nihonkokukenpou/archives/51692438.html

政党交付金の3割削減

→政党を助成する必要などない。民意を反映した選挙制度で選出した議員に十分な政策経費を支給すればよい。
→地方の自立と言いながら、「政党交付金という形で(国が)政党を支援する。この仕組みは絶対に必要だ」(上記09/19付時事)
→自民党の安倍晋三総裁が支部長を務める自民党山口県第4選挙区支部で、2009〜10年の政治資金からキャバクラ代など108万円を支出していた。収入は約1億9239万円で、うち2950万円が政党交付金だから、政党交付金からはキャバクラ代などとして約17万円が支出されていたことになる。正当な活動に使われる保証がない政党交付金は廃止すべき。
「自民・安倍総裁の政党支部、政治資金からキャバクラ代」(朝日新聞、 2012年10月9日)
http://www.asahi.com/politics/update/1009/SEB201210090001.html

・地域政党を認める法制度

ネットを利用した選挙活動の解禁

→自分の政治団体はさっさと「政党要件」獲得のため既成政党からの引き抜きに勤しむが、政党と無所属候補、政党と政治団体の間の格差、主権者の主権を制限する差別・反民主主義体系たる公職選挙法そのものを問題にしないところが、維新の本質。

3.公務員制度改革〜官民を超えて活躍できる政策専門家へ〜

【理念・実現のための大きな枠組み】

・公務員を身分から職業へ

・倒産のリスクがない以上、人材流動化制度の強化

・省益のためでなく国民全体のために働く行政組織

・厳しくとも公の仕事を望むなら公務員に

【基本方針】

・大阪府・市の公務員制度改革(頑張ったものは報われる、能力、実績主義、職位に見合った給料)を国に広げる

・官民給与比較手法(総額比較)の抜本的改正、人事院制度の廃止

地方公務員も含めた公務員の総人件費削減

→財政問題のすり替え。適正な人件費の検討は常に必要だが、公務員人件費の削減より大企業・金持ちに対する課税強化(昔に戻すだけ)による税収増の方が大。

議会の定数削減ではなく、まともな議員を多くすることで、支出の無駄を許さないことの方が財政健全化に貢献する。

大阪府・市職員基本条例をさらに発展、法制化

「(職員が)市長の顔色をうかがわなくて、誰の顔をうかがうんですか」(橋下市長、2012年4月14日)
http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiappeal/archives/5485170.html
「皆さん(公務員)は国民に対して命令する立場に立つ」(橋下市長、2012年4月2日)
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-3328.html

→公務員が住民に命令する立場に立ち、公務員を首長に従属させる、つまり首長が住民に命令するというのが、大阪府・市職員基本条例の基本的な思想。

欧州などではそもそも首長選挙がなく、議会が委員を任命して構成する執行委員会が共同責任で行政を担っている。米国の自治体でも、議会が首長に代わるシティーマネージャーを任命し、議会が行政をコントロールするという考え方をとっている。つまり議会の優位性を認める立場。

執行委員会 site:fusao.jp - Google 検索
https://www.google.co.jp/search?hl=ja&as_q=%E5%9F%B7%E8%A1%8C%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A&as_epq=&as_oq=&as_eq=&as_nlo=&as_nhi=&lr=&cr=&as_qdr=all&as_sitesearch=fusao.jp&as_occt=any&safe=images&as_filetype=&as_rights=

・公務員の強固な身分保障の廃止

内閣による人事権の一元化

→今まさに野田首相が原子ムラ出身の原子力規制委員会委員を任命しよとしている類のことを可能にし、国権の最高機関たる議会を軽視するもの。

・内閣による公務員採用の一元化。社会人中途採用を基本

・採用試験の抜本的見直し

・任期付を原則とする等官民の人材流動化を強化

・管理職の内外公募制

大胆な政治任用制度(次官、局長級幹部の政治任用)

→任命主体が小選挙区制による公選で選出された首相か議会かでは大違い。

・年齢・在職年数によらない職務給制度

・任期付の場合には民間に劣らない給与・処遇

・若手時代は官庁間異動を原則

公務員労働組合の選挙活動の総点検

公務員の関係首長選挙活動の制限

→基本的人権の制限。「何とかの制限」は、公務員にととどまらなくなる。

勤務時間外でも集会で政治的意見を述べることを禁じる「職員の政治的行為の制限に関する条例」
http://www.city.osaka.lg.jp/jinji/page/0000179915.html

・国家公務員制度に合わせて地方公務員制度も抜本的改革

4.教育改革〜世界水準の教育復活へ〜

【理念・実現のための大きな枠組み】

自立する国家、自立する地域を担う自立する個人を育てる

→米国への隷属は不問に付したまま、自立する国家はないでしょう。

・基礎学力を底上げしグローバル人材を育成

・格差を世代間で固定化させないために、世界最高水準の教育を限りなく無償で提供する

・あしき平等・画一主義から脱却し、理解ができない子どもには徹底的にサポートし、理解できる子どもはぐんぐん伸ばす、個人の能力を真に伸ばす教育ヘ

・教育行政機関主導から生徒・保護者主導

【基本方針】

・文科省を頂点とするピラミッド型教育行政から地方分権型教育行政

・教育委員会制度の廃止(首長に権限と責任を持たせ、第三者機関で監視)、教育行政制度について自治体の選択制

→地方分権といっても首長に権限を移管するだけ。何度も言うように、小選挙区制で選出された首長は民意を反映せず、「生徒・保護者主導」になどならない。

・生徒・保護者による公公間、公私間学校選択の保障

・選択のための学校情報開示の徹底

公立学校長の権限の拡大・強化、校長公募など、学校マネジメントの確立

・学校を、学長・校長を長とする普通の組織にする

国立大学長の権限拡大・強化大学マネジメント」の確立

→教員は学校長の子分・下請けではない。学校は自主管理すべきところ。

・世界標準の英語教育と海外留学支援、最先端を行くICT教育環境

教育バウチャー(クーポン)制度の導入=教育機会を拡大するとともに教育機関の切磋琢磨を促す

→何とか補償、何とか助成、何とか控除、何とかバウチャーなど、細分化せず、憲法25条「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」に従って、ベーシックインカムのような包括的な制度にすべき。

・校長・教頭等の人材確保のための適正な給与、教諭の定期昇給は一定在職年数まで

・教員を雑務から解放し教育に専念させる

・教員は幅広い学部出身者と社会人から実力重視で採用

障害者教育の充実

→中身がさっぱり分からない。提出が見送られた大阪維新の会の「家庭教育支援条例案」(「乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因」)を思い出す。

大阪市・家庭教育支援条例 (案) 
http://osakanet.web.fc2.com/kateikyoiku.html

・大学入試改革を通じた教育改革

・高度人材養成機関としての大学院の質向上と選抜性強化

大阪府・市の教育関連条例をさらに発展、法制化

大阪市教育行政基本条例
http://www.city.osaka.lg.jp/kyoiku/page/0000171994.html
「子育て世代の声を、じっくり聞いて下さい」(発言する保護者ネットワーク)
http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiappeal/archives/7442611.html

→相変わらず「グローバル化が進む国際社会」で競争させるための「人材教育」が目的。現場教師をよそに市長が最終的に「教育振興基本計画案」を作成し、議会(政治)が承認する。教師は管理・評価される対象、市長・校長の顔色を伺う存在になり、子どもたちと主体的に関わることができなくなる。教師評価は子どもたちの競争を煽り、教師と親を分断する。教育委員会が家庭教育・成人教育に介入する。

大阪市立学校活性化条例
http://www.city.osaka.lg.jp/kyoiku/page/0000180264.html

→校長も原則公募、区長も公募し、学校評価などを実施する「学校協議会」の委員は、校長と区長の意見を聴いて教育委員会が任命。「学校活性化」とは、公募を通じて市長が教育を支配する仕組み。

教職員労働組合の活動の総点検

→橋下市長は「教員組合が勝手に教員研修などしたらたまったものではない」というとんでもない考え方をしている。

橋下徹が、学校を教研集会に貸せない理由
http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiappeal/archives/14834637.html

教育公務員特例法は教員研修が教員の自主性に基づくものであることを前提にしているし、研修行政への教員(団体)の参加・関与はILO・ユネスコ「勧告」でも指摘されている。

札幌高裁判決(1977年2月10日)は、教職員組合が主催する教研集会は「研究テーマごとに研究調査の結果を報告討議するものであることが認められるから…組合員である教員の自主的研修の場たる意義をもち」、したがってこれへの参加は「教員としての自主的研修を行うことになる」とし、結局教組教研への参加は組合活動の性格と研修性の二面性をもつとしている。

5.社会保障制度改革〜真の弱者支援に徹し持続可能な制度へ〜

【理念・実現のための大きな枠組み】

・真の弱者を徹底的に支援

自立する個人を増やすことにより支える側を増やす

→「自立する個人」を増やしたいなら、不当な格差・差別をなくすこと。

・個人のチャレンジを促進し、切磋琢磨をサポートする社会保障

・若年層を含む現役世代を活性化させる社会保障

・負の所得税(努力に応じた所得)・ベーシックインカム(最低生活保障)的な考え方を導入=課税後所得の一定額を最低生活保障とみなす=この部分は新たな財源による給付ではない

・持続可能な制度

・世代間・世代内不公平の解消

・受益と負担の明確化

・供給サイドヘの税投入よりも受益サイドヘの直接の税投入を重視(社会保障のバウチャー化)

→供給サイドを切磋琢磨させ社会保障の充実を通じて新規事業・雇用を創出

【基本方針】

・自助、共助、公助の役割分担を明確化

・社会保障給付費の合理化・効率化

・(給付費の効率化には限界があるので)高負担社会に備え積立方式を導入

生活保護世帯と低所得世帯の不公平の是正

→「低所得世帯」と「高所得世帯」の不公正な格差を是正するのが先決。

・(1)努力に応じた、(2)現物支給中心の、最低生活保障制度を創設

・所得と資産の合算で最低生活保障

・所得と資産のある個人への社会保障給付制限

・(受益と負担の関係を明らかにするため)提供サービスをフルコストで計算

・社会保険への過度な税投入を是正、保険料の減免で対応

[年金]

・年金一元化、賦課方式から積み立て方式(+過去債務清算)に長期的に移行

・年金清算事業団方式による過去債務整理

・高齢者はフローの所得と資産でまずは生活維持(自助)

・国民総背番号制で所得・資産(フロー・ストック)を完全把握

・歳入庁の創設

[生活保護]

・高齢者・障害者サポートと現役世代サポートの区分け

・現物支給中心の生活保護費

・支給基準の見直し

・現役世代は就労支援を含む自立支援策の実践の義務化

・有期制(一定期間で再審査)

・医療扶助の自己負担制の導入

・被保護者を担当する登録医制度

・受給認定は国の責任で

[医療保険・介護保険]

・医療保険の一元化

・公的保険の範囲を見直し混合診療を完全解禁

・高コスト体質、補助金依存体質の改善

・公的医療保険給付の重症患者への重点化(軽症患者の自己負担増)

6.経済政策・雇用政策・税制〜未来への希望の再構築〜

〜経済政策〜

【理念、基本方針】

・実経済政策・金融政策(マクロ経済政策)・社会保障改革・財政再建策のパッケージ

・実経済政策は競争力強化

・国・自治体・都市の競争力強化

・競争力を重視する自由経済

・競争力強化のためのインフラ整備

・産業の淘汰を真正面から受け止める産業構造の転換

・グローバル化する知識経済に適応できる産業構造への転換

・自由貿易圏の拡大

・国民利益のために既得権益と闘う成長戦略(成長を阻害する要因を徹底して取り除く)

・イノベーション促進のための徹底した規制改革

・付加価値創出による内需連関

・供給サイドの競争力強化による質的向上=額(量)だけでなく質の需給ギャップも埋める

・新エネルギー政策を含めた成熟した先進国経済モデルの構築

TPP参加、FTA拡大

→草案も公表されておらず、国民的議論ができないTPPの交渉に参加するという姿勢が、維新の民主主義観をよく示している。

・為替レートに左右されない産業構造

・貿易収支の黒字重視一辺倒から所得収支、サービス収支の黒字化重視戦略

・高付加価値製造業の国内拠点化

・先進国をリードする脱原発依存体制の構築

〜雇用政策〜

【理念、基本方針】

・民民、官民人材の流動化の強化徹底した就労支援と解雇規制の緩和を含む労働市場の流動化(衰退産業から成長産業への人材移動を支援)

・ニーズのない雇用を税で無理やり創出しない

・社会保障のバウチャー化を通じた新規事業・雇用の創出(再掲)

・国内サービス産業の拡大(=ボリュームゾーンの雇用拡大)

正規雇用、非正規雇用の格差是正(=同一労働同一賃金の実現、非正規雇用の雇用保護、社会保障強化)

→本当にやる気あるの?

・新規学卒者一括採用と中途採用の区分撤廃の奨励

・グローバル人材の育成

外国人人材、女性労働力(→保育政策の充実へ)の活用

→外国人人材とはどのような市場を想定しているのか。いわゆる単純労働、低賃金労働か。正規・非正規の格差是正だけでは不十分であって、十分な賃金を保証しなければならない。憲法25条を実現するなどの思想が提示されておらず、「雇用政策の理念」などといえるレベルではない。

・ワークライフバランスの実現

〜税制〜

【理念、基本方針】

・簡素、公平、中立から簡素、公平、活力の税制へ

・少子高齢化に対応→フロー課税だけでなく資産課税も重視

・フローを制約しない税制(官がお金を集めて使うより民間でお金を回す仕組み)

グローバル経済に対応

→金融取引を意味するのか。金融取引を縮小に向かわせる税制こそ必要。

成長のための税制、消費、投資を促す税制

→消費を抑制する消費税は国から自治体に移管しても同じこと。

・受益(総支出)と負担(総収入)のバランス

・負の所得税・ベーシックインカム的な考え方を導入(再掲)

→メディアに流れるだけで、まったく実現する意気込みは感じられない。

超簡素な税制=フラットタックス化

→必要性の根拠がない。昔はGDPが低いにもかかわらず景気が良好で税収が高かった。累進性が高く、消費税がない税制こそ実績がある。

所得課税、消費課税、資産課税のバランス

→「簡素、公平、中立から簡素、公平、活力の税制」と併せ、税制の土台となる具体的な思想がまったく提示されていない。

7.外交・防衛〜主権・平和・国益を守る万全の備えを

→被爆国の日本で、また脱原発を主張しておきながら、核兵器にまったく言及していないのは疑問。原発の発電用運転は認めないが、使用済み燃料の核兵器開発への利用は進める、との立場があり得る。

【理念、実現のための大きな枠組み】

・世界の平和と繁栄に貢献する外交政策

・日本の主権と領土を自力で守る防衛力と政策の整備

日米同盟を基軸とし、自由と民主主義を守る国々との連携を強化

→世界の平和を著しく脅かしている米国に自ら隷属し、軍事・経済貢献する日米安保体制から抜け出すことが日本と世界の防衛に不可欠。民主主義途上国の1、2位を争うのが小選挙区制を戴く日米。小選挙区制国家はいずれも戦争国家・原発大国。米国の膨大な軍事支出が世界の人々の平和的生存権に対する脅威。

日本の生存に必要な資源を国際協調の下に確保

→世界の生存に必要な資源を国際管理の下に置くことが世界平和に必要。

【基本方針】

日本全体で沖縄負担の軽減を図るさらなるロードマップの作成

→放射能を全国にばら撒きましょう、というのと同じ。米軍基地は拡散ではなく撤去すべきもの。

→企業・団体献金の禁止公約の反故(パーティー券購入はOK)と同じく、「辺野古への移設以外の案は頭にない」と後退
日本創新党、党を解散し維新への合流検討(2012年9月24日、読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120923-OYT1T00628.htm

→沖縄へのオスプレイ配備についても、橋下氏は「お願いしなければいけない」(2012年9月23日、日本維新の会公開討論会)と語っている。地方、地方と言いながら、国の政策を地方に押し付ける役回り。

オスプレイ配備撤回を=全41市町村長が首相に直訴へ−沖縄
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012102500928

国連PKOなどの国際平和活動への参加を強化

→イスラエルによるパレスチナ占領など、国際的紛争の原因となっている国際的不公正を米国などの大国が正すこと、膨大な軍事支出を国際的不公正の是正に振り向けることが先決。

・自由で開かれた経済ネットワークの構築

・豪、韓国との関係強化

・平等互恵と法の支配を前提とする、中国、ロシアとの戦略的互恵関係の強化

・ロシアとの間で北方領土交渉を推進

・ODAの継続的低下に歯止めをかけ、積極的な対外支援策に転換

・外交安全保障の長期戦略を研究、立案、討議するための外交安全保障会議の創設

→国際的不正義の発生メカニズムの研究、対処策の立案を強化するための枠組みこそ必要。

・学術や文化交流の積極化と人材育成、外国研究体制の拡充

外国人への土地売却規制その他安全保障上の視点からの外国人規制

→米国への基地提供が世界の平和を損なってきたのであり、これをまず止めること。

8.憲法改正〜決定できる統治機構の本格的再構築〜

→憲法は国家権力を縛るもの。「決定できない」のは原子力規制委員会人事案のように民意を無視するからに他ならない。再構築されるべきは非民主主義の機構であり、民を統治する機構などではない。

憲法改正発議要件(96条)を3分の2から2分の1に

→民意を反映しない小選挙区制で選出された議員から構成される国会で改憲発議が行われれば、国民主権を最高度に侵害する。非民主主義機構を改革するわけでなく、現状で自らに都合の良い改憲環境を作り出そうとしているところが、まさに反民主主義的。衣の下の鎧がありあり。

・首相公選制(再掲)

・首相公選制と親和性のある議院制=参議院の廃止も視野に入れた抜本的改革・衆議院の優位性の強化(再掲)

・地方の条例制定権の自立(上書き権)(「基本法」の範囲内で条例制定)憲法94条の改正

憲法9条を変えるか否かの国民投票

→結局、多くを書き連ねている中で意気込みを感じるのが、「大阪都」による覇権獲得(前時代的ゲーム感覚?)、TPP(米国隷属と引き替えの権力基盤保障?)、9条改憲。

脱原発を主張しながら脱原発住民投票を拒否し、小選挙区制の廃止など民主主義の深化に一言も触れず、改憲発議要件の緩和・9条改憲国民投票のみ主張する姿勢が、脱民主主義思想を実証している。

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裏維新八策

橋下氏、広島で「核廃絶無理、日本は平和ぼけ」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20121110-OYT1T00806.htm

(核兵器廃絶について)「理想としては(廃絶)。でも、現実的には無理ですよ、今の国際政治で。日本は平和ぼけしすぎている」

核兵器支持の立場を広島で表明ということ。

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太田光征

脱原発選挙の論点

8月 22nd, 2012 Posted by MITSU_OHTA @ 1:24:41
under 選挙制度 , 福島原発事故 No Comments 

(1)福島原発事故の震源

過疎地であれば原発を建ててもよいとする差別政治――規制組織による過酷事故対策の不在は矮小化(過疎地への立地が事故対策)。沖縄に米軍基地を押し付けてきた差別と通底。自民は旧新憲法草案で95条を削除。95条とは、国会による自治体差別立法を抑止するため、自治体を対象とする法案の成立条件として、当該自治体における住民投票を義務付けたもの。差別政治が政治潮流。

(2)3.11後の現状

差別政治の責任追及は不問(自民は頭を高くして民主を批判)
原発事故 → 脱原発=単なる一政策課題の転換に矮小化

(3)3.11後の視座

脱原発=脱差別・民主主義の政治思潮・目標設定 → 政党間の本質的差異の顕在化

「福島原発事故の被害者が心から脱原発少数政党に投じる1票の価値を現在よりさらに減じてしまう比例区定数の削減」が、3.11後の通常国会で早々に改めて民主党から宣言。主権者の基幹的な権利を切り崩し、2重の差別を押し付けようとしながら、「被災者の救援」。一体、被災者・国民はこうした政治から何を恩恵として得られるか。

「脱原発=脱差別・民主主義」政治潮流をめぐる最大の土俵 → 選挙制度改革(政党も市民運動も不戦敗)

膨大な数の主権者に対して1票の価値をまったく認めない差別制度としての小選挙区制

小選挙区制・定数削減に反対 →「脱原発を包括する脱差別・民主主義」「脱原発派議員の最大化」

(4)脱原発選挙アンケート――脱原発だけの質問でよいか?

個別政策レベル(脱原発)の質問 → 議員は主権者の手をすり抜けてしまうので、脱差別・民主主義の土俵に引きずり込む

現状、原発即廃止などいないから、厳密な「再稼働反対」議員はいない → 種々の質問で脱原発度をグレード分け

・原子力基本法の目的「原子力の推進」「安全保障に資すること」
・山下俊一体制、「学会許可なしの健康影響調査をするな」文科省・厚生労働省通達
・再稼働を縛る方向での規制委員会設置法の改正
・第2期国会事故調で国会議員の責任
・脱原発の足を引っ張るISDS条項付きのTPP

太田光征

原発再稼働反対に結集する国民の声を実現させるために〜「反原発大連立」選挙連立結成の呼びかけ〜

7月 22nd, 2012 Posted by sa104927 @ 22:58:40
under 一般 [3] Comments 
石垣敏夫 太田光征 大津留公彦 櫻井智志 永野 勇 彦坂 諦 吉岡滋子 吉田魯参(五十音順)
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私たちはメーリングリスト『平和への結集をはかる市民の風』の中で政治や社会について意見を交流してきました。上記のメンバー八人はみなそこで討議しあった中の有志です。意見交流のひとつの結論として、以上の事柄を広く国民によびかけることを表明します。関係各政党・政治団体や市民運動団体に呼びかけるとともに、ご一考を要請致します。
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毎週金曜日に、首相官邸前に集い停止している全国の原発再稼働反対の運動は、三月に数百名から始まり、途絶えることなく続いてきました。福井県おおい町の大飯原発の強引な野田政権による再稼働の強行に、国民的な怒りは急激に高まり、それを境に二万人、四万人、五万人と週を重ねるごとに増えていったのです。
また反原発1000万人署名アクション行動集会も、明治公園、代々木公園を会場に二万人、六万人と参加者を増し、7月16日には、なんと17万人集会・パレードとなりました。
このような集会は東京のみではなく、全国各地で呼応してたくさんの市民が結集するようになっています。
この国民の反原発への意思表明を更に現実のものとする上で有効な方法は、議会制民主主義を生かした各種選挙への取り組みであると私たちは考えます。特に国政選挙において、脱原発を最大公約の結集事項とするなら、それは国政においてよりよく取り組みを進めうることでしょう。
脱原発を掲げている政党には、「国民の生活が第一党」と「社民党」「共産党」に加えて「緑の党(仮称)」「新社会党」「新党日本」「みどりの風」「新党きづな」「新党大地・真民主」などが考えられます。なかには曖昧な団体もあるかも知れませんが、呼びかけるなかで明らかになることでしょう。それらの政党・政治団体が一緒になって、日本の危機を救うためにひとつになって原発廃止に取り組む時がきています。
そして「ひとつの名」のもとに、たとえば「反原発国民連合」のような、イタリア版オリーブの木のような統一政治団体として一致した地点で表明して、反原発の国民の受け皿をひとつにして選挙にあたるべきです。
原発事故で困難の極致におかれ、その苦しみに耐え続けている被害者のおとなや子どもたちに、哀しみをこれ以上味わわせないために。そして、同じ苦難を他の原発各地や、日本中の民衆に味わわせないためにも。さらに世界中の海と空に、これ以上日本から原発事故の放射能汚染を広げないためにも。
日本国憲法前文には『国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う』と書かれています。
この憲法は敗戦の反省から生まれました。
ヒロシマ・ナガサキ・フクシマを体験した日本、今こそ『核兵器と原発の廃絶』を目指し、日本が率先してこれを実現し、
世界へ発信していくことです、これが日本の歩むべき道でしょう。