橋下徹大阪市長、安倍首相を道連れに差別政治と決別を
2013年5月22日
大阪市長 橋下徹殿
安倍首相による侵略戦争の実質的否定発言に続いて、またか、という思いでした。
「あれだけ銃弾が飛び交う中、精神的に高ぶっている猛者集団に休息を与えようとすると、慰安婦制度が必要なのは誰だって分かる」
「軍を維持し、規律を保つために、当時は必要だった」
「慰安婦制度は、今は認められないが、風俗業は必要だと思う。だから(大型連休初めに)沖縄に行った時(米軍の)司令官に会い『もっと風俗業を活用してほしい』と言った」
「そうしないと海兵隊の猛者の性的エネルギーをコントロールできない」
(以上、5月13日)
ところがその後、発言の火消しに躍起になっているようです。
「今、慰安婦制度が必要とは言っていない」(5月15日)
「今となっては絶対にダメだと思うことを当時、世界各国がやっていた。なぜ日本だけが特別に批判されているのかということを問題提起したい」(5月15日)
「いや、それは僕は容認はしてませんからね。必要性っていうものは、それはね、当時はですよ、みんながそう思ってたんでしょ、ということを伝えたところです。その客観的に、ですよ。」(5月15日)
「軍のコマンダーはですね、司令官はですね、どうやって軍隊の性病ですよ、それをどう抑えるかっていうことに一番頭を悩ませていたわけです。」
「ボーリングやっていますとかバーベキューやっていますとか、そんな話でね、本当に性犯罪っていうものはおさまるんですか。むしろ風俗を活用したってそれでおさまるかどうかわかりませんよ。でもそんな建前論じゃなくてね、真剣に米兵のコントロールやってくれっていうことを一番にいたかったんじゃないですかね。」(5月15日)
「今回は大誤報をやられた」(5月17日)
橋下市長、あなたは慰安婦制度の必要性を「客観的」というが、厳罰やボーリングやバーベキューは「性欲管理」には効果がないだろう、「性病管理」のためにも当時は慰安婦制度が一番だ、と必要性の根拠について主体的、積極的に理解を示しているのです。
当時は現在の日本のような風俗店が敵地にあるわけもなく、あなたの考え方に基づけば、必然的に従軍慰安婦制度が必要になるではありませんか。客観的必要論ではなく主観的必要論でしょう。
貧乏ゆえ風俗で働く女性がいないなどというのは後から付けた屁理屈で、話にもなりません。沖縄は所得の低い県です。何の連想もしないのですか。
「国際感覚がなく、米軍とのコミュニケーションの取り方が失敗だった」(5月16日)
米国高官に批判され、このように発言を後退させました。安倍首相とそっくりです。
安倍首相は、「侵略の定義」発言で日本による侵略戦争を実質的に否定した後、米国から批判され、あくまでレトリックとして侵略を認めた村山談話を全体として引き継ぐとしました。しかし、侵略をまっすぐは認めていません。
あるいは、あなたの発言について「日本の有力政治家の発言について世界で相当誤解されていると感じている中、非常にタイミングが悪い」(5月14日)と語った下村博文文部科学相と同類の言い訳です。
あなたは「売春婦はまだうようよいるぞ。大阪の繁華街で韓国人に『慰安婦』と言ったらいい」と語るような西村真悟衆院議員を自分の党に抱えていることについて、「候補を見る目がなかった」(5月17日)と語っていますが、西村議員のトンデモぶりは最初から承知のはずです。十分に見る目があって同類を選んだのでしょう。
国際感覚がないのではなく人権感覚がないのです。
「戦争の悲劇の結果なので、慰安婦になってしまった方には、心情を理解して優しく配慮していくことが必要だ」(5月13日)
今はダメで当時は必要だとういう理屈が橋下市長の中で成り立ったとしても、大阪市役所を訪れる元慰安婦の方に、慰安婦制度は当時の軍が必要としていた、あなたは可哀想だ、とでも語るのですか。
(女性の)人権を場合によっては踏みにじっても仕方がないという本音は、隠しようもありません。
今度の発言に特に沖縄から強い怒りの声が上げられているのには、理由があります。沖縄の女性が米兵の性のエネルギーのはけ口になりなさい、と実質的に語っただけが理由ではありません。
(批判を受けて米国に対して)「それだけ人権を大切にしているのであれば、沖縄県民の人権がじゅうりんされている現況をもっと直視すべきだ」(5月17日)
あなたはこう語りますが、わざわざ沖縄の地域政党「そうぞう」にまで出向いて、沖縄への米軍辺野古基地の押し付けを今夏の参院選の共通政策にしているではありませんか。
【記者会見】維新の会・そうぞう政策協定調印式【沖縄】
http://www.youtube.com/watch?v=5dF_GAnrXEs
米軍普天間飛行場の問題における政治家の責任は、日本の安全保障のために必要だと思い込んでいる同飛行場を米国に断念させることではなく、あくまでも移設を前提に、辺野古移設の反対運動を乗り越えることだと言い切っています。なんという自治体首長でしょうか。
性のエネルギーならぬ中国・韓国などに対する憎悪のエネルギーを米国に向けたらよろしい。エネルギーのコントロールが必要なのはあなたの方でしょう。
日本の安全保障のためには沖縄が犠牲になっても構わないという差別思想を前提に沖縄県民の人権を語るのは、お為ごかし、マッチポンプというものです。
あなたは辺野古移設を基地負担の軽減だと強弁していますが、辺野古新基地の建設は軍事的には大幅な機能強化であることが常識です。加えてあなたは辺野古基地の使用期限についてまったく見通しを持っていない。さらにオスプレイの配備も認めておきながら、結局、基地負担は増えるのですか、減るのですか。
性欲だけが米兵によるレイプの原因であると考えているようですが、そんなに単純ではありません。はっきりした比較データを確認できませんが、レイプ件数は欧州よりアジアで多いと言われています。米兵の占領意識やアジア蔑視、アジアで甘い地位協定などが人権意識を麻痺させている可能性を考えるべきです。
あなたは最近になって自民党の憲法観との相違を強調してみせていますが、「公の秩序」や「公益」なる国の都合で、基本的人権を制約しても構わない、犠牲は仕方ない、差別は問題ない、とする同党の思想が、自身の考えや日本維新の会の政策の中でも体現されているのです。
日本維新の会幹事長の松野頼久衆院議員がやはり火消しのためでしょう、付け焼刃で党として基本的人権を尊重するという子供だましの談話を発表しました。基本的人権の尊重は、言葉だけなら、自民党がそれを骨抜きにする自党の改憲草案の中でも謳っています。
あなたが「国民主権を完全に封印している規定だ」として憲法96条の改憲には躍起になるのに、原発住民投票に断固として反対するのは、自治体を国の政策に従わせたいからです。
山口県岩国市が2006年に米軍空母艦載機の岩国基地への移転に住民投票で反対の意思を示したことについて、「国の防衛政策に地方自治体が異議を差し挟むべきでない」と語っていることにも表れています。
だからあなたは、何かと地方の旗手のごとく地方と国の対立を強調してみせますが、国による自治体差別を抑止するための憲法95条の命を骨抜きにする自民党改憲草案の条項を、まったく批判しないのです。単に知らないのでしょうか。
95条とは、特定の自治体にのみ適用される地方自治特別法を定める際に、当該自治体で同法の賛否について住民投票を義務付けるものです。自民党の95条改憲案では、同法の対象として国の事業が除外される表現になっているので、同条を米軍基地の押し付けなどに抵抗するための根拠に使えなくなります。
選挙制度の面でも、格差を解消しようという確固たる思想がないものだから、定数配分の格差しか問題にせず、あるいはそれだけが問題であると認識しているふりをして、「1票の格差」を是正すると称し、無所属候補に対する差別を拡大する0増5減なる乱暴な案を議論して平然としているのです。ただ、これは日本維新の会に限ったことではありません。
平等な参政権を認めない小選挙区制を賛美しているのも、国民主権を切り崩す議員定数の削減も進めるのも、同じく差別思想の体現です。後者では差別的ポピュリズムの力を借りていると思われます。
だいたいあなたは、弁護士なのに、脱原発は口にしても脱被ばくをほとんど語りません。チェルノブイリ原発事故後はソ連でさえ、子どもたち全員を一時的に避難させたというのにです。
そもそも福島原発事故の後で、その震源たる差別政治から決別すべだと宣言しない政治家・政党は、煮ても焼いても食えないのです。
確固として人権を守ろうとしない国が、外国から尊重されることなどありません。蔑みの対象でしかないでしょう。TPPのような交渉の場で国益など守れますか。
橋下市長は、あたかも国・軍・官憲による慰安婦制度でなければ問題がないと言わんばかりに、旧日本軍が従軍慰安婦の方々を「暴行、脅迫をして拉致した事実は裏付けられていない」(5月13日)と主張します。
これはまず、証言者を侮辱するものですが、安倍首相とまったく同じ思考です。安倍首相は「安倍内閣、自民党の立場とは全く違う発言だ。(慰安婦の)筆舌に尽くしがたい、つらい思いに心から同情している」(5月16日)と語るものの、「狭義の強制連行」を否定して慰安所の計画と管理における旧日本軍による強制性を薄めようとしているのです。暴力を使うか騙しを使うかの違いしかありません。
欧米の戦時女性利用がよく、日本のそれがだめだとするダブルスタンダードを批判するのなら、わざわざ慰安婦制度の「必要性」に言及する必要はなく、13日の発言はとてもそのような代物ではありません。
元慰安婦の方々を傷つけるだけで、従軍慰安婦制度について「私は(戦争の)当事者とはいえない世代だから、反省なんかしていない」と平気で言いのける自民党政調会長の高市早苗衆院議員のように、まず軍による強制性に対してどんな批判も受け入れるという矜持を微塵も感じないのです。
従軍慰安婦制度に関する安倍首相の現在の見解については、辻元清美衆院議員が質問主意書を提出したので、5月24日に明らかになる予定です。
橋下市長の発言に関連し、質問主意書を提出しました
http://www.kiyomi.gr.jp/blogs/2013/05/15-915.html
「狭義の強制連行」がないなどということはありません。中曽根康弘元首相がアジア太平洋戦争中、現インドネシアで「土人女を集め慰安所を開設」したことが、防衛省防衛研究所の資料で明らかになっています。
アジア女性資料センター - 中曽根元首相の「慰安所」設置関与資料を発見
http://ajwrc.org/jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=682
原資料
http://fujihara.cocolog-nifty.com/tanoshi/2011/10/post-191b.html
http://fujihara.cocolog-nifty.com/tanoshi/2011/10/post-4383.html
オランダ人女性に対する強制連行については、裁判まで開かれ、関与した旧日本軍人が死刑にされています。
半月城通信、「「従軍慰安婦」(5)、白馬事件」
http://www.han.org/a/half-moon/hm011.html#No.108
安倍首相ともども、日本という国の信頼を貶めたという点でも、橋下市長の責任は重大です。
ただ、両政治家の言葉は、それに同調する多数の国民のぬるま湯に守られている面を忘れるわけにきません。
最近もこのような報道がなされています。
山口朝鮮学園:下関市が補助金交付見合わせへ(毎日新聞、5月14日)
http://mainichi.jp/select/news/20130515k0000m010064000c.html
下関市教委の言い分は、「補助金交付は市民の理解が得られないと判断した」です。残念ながら、当たっている面があるでしょう。
今回、まず、あなたは元従軍慰安婦の方々の気持ちを傷つけたことを謝罪しなければなりませんが、それだけで事足りるわけではありません。形ばかりでないことを証明する必要があります。
あなたや日本維新の会や日本の政治全体に根付いている差別政治の根を絶たねばなりません。そうでなければ、あなたでなくとも、また別の政治家が同じことを繰り返すだけです。
単なる辞任も本物の反省を保証しません。もしも、橋下市長が安倍首相を道連れに差別政治から決別しようと宣言し、政界から退くなら、冗談抜きで画期的な意義があるでしょう。
それによって間違いなく日本の政治は大きく前進します。中途半端な弁解をして中途半端な政治的枠組みを維持する必要はありません。欧米の戦時女性利用がダブルスタンダードだというなら、その批判も射程に収めることができます。
それこそ維新です。
「平和への結集」をめざす市民の風